母親が入院し、手術となった。
熱が出たと、検査を受けたら、そんなことに…。
病名は胆石による胆のう炎。
僕が3年前に患ったものと同じ病気。
病名を聞いたときに、心配したが、安心もあった。
人は、自分の経験のないことはとても大きくとらえる。
また、それがネガティブなものであれば、なお。
朝、母親を手術室に見送り、
そして、待った。
手術自体は、一般的にたくさん行われる胆のう摘出。
命に別状はないと思うが、なにかしらは心配。
でもけろっと、手術を受ける母親に、
強さを感じる。
僕はおなかを切るってことがとても怖くて、
もう、切腹するんだ! ぐらいの落ち込み方で、
いつもどおり、大袈裟。だった…から。
麻酔によって眠りの世界にいる母親に
いろいろ話しかけて、現状を聞く。
そうしていると、自分が同じようにしてもらってことを思い出す。
術後はとても冷えること、全身麻酔のききめが弱くなってきて、
だんだんと、痛みが出てくること、体の自由がきかないこと、
筋肉の硬直を感じることなど。
ただ、ドクターから摘出したパンパンに腫れあがった胆のうを見せてもらい、
その中に潜んでいた6つの大きな石を見た時に、
よかったなあ、摘出できてと心から思った。
こんなん、人間の体にあったらだめだとしか思えないもの。
写真掲載したいけど、あまりにグロテスクだから、やめておく。
おかんにも怒られるし…。
昨日の結婚式で出た、良質のフォアグラみたいだったのも確かで、
フォアグラ好きの僕は、ちょっと、唾を飲んだのも本当だけど、
まあ、そんな自分にはまたちょっと引いたのだ。
久しぶりに無音の病室で、こうして文章を書いている。
どうしてか懐かしい。
関西は、台風の影響もなく、とても穏やかな光が病室に差し込んでいる。
正直な話だが、摘出することを反対していた。
僕自身、摘出してとても後悔していたから。
摘出すると、痛みはなくなるが、臓器がなくなる。
神様がデザインした僕らの体から一つ機能を奪うのだから。
それによる弊害は確かにある。
自然療法により、なにかしら手を打つこともできたのではと、手術前に母親に話していた。
ただ、西洋医学の外科手術の素晴らしさを、手術後に感じたのは確かで、
こんなものを、ゆっくりと体の自然治癒力を引き出しながら治す自然療法で、
解決できたのだろうかと思った。
もう、この段階になると、仕方がないのだろうと。そんな気持ちが出てきた。
これが悪化して、破裂すると大変になるし、胆管に詰まるとまた大変なことになる。
自然療法、西洋医学、この世の中の技術と知識が混ざり合い、そしてバランスよく
僕たちが用いることで、本質的に新しい医療との付き合い方がうまれると。
統合医療の在り方を感じた。