お父さん、おめでとー | 橋本志穂の部屋

お父さん、おめでとー

昨日は父の77歳の誕生日🎉

長寿で言う、喜寿の祝いです。


父のお祝いの会を開催するため、
昼の✈️便で飛んで、
最終便で帰ってくるという日帰り帰省しました。


「もう死ぬ」
「俺は長くない」

2分前に言ったことをまた聞いてくるとか
膝に水がたまるとか、
そんな微細な体調不良はあるものの
命にかかわる重篤な病を持っているわけでもない父。

ただ、母に先立たれてから
「もう死ぬ」は ずっと口ぐせ。。

そういう人は長生きするに決まってる!!と
心に思いながらも、
「はいはい、じゃあ最後のお誕生日を盛大に祝ってあげるからね」と、、

兄や妹だけでなく
SNSで繋がった
父のマラソンクラブの教え子たちにも呼びかけて
サプライズしようと思った。


そうしたところ
兄から「クラブの教え子たちも来るって言ったら
親父、喜んどったぜ」

オイオイオイオイ ガーン

それじゃ、サプライズにならんじゃろーえーん

まぁ、2分前のことを忘れる父だから
きっともう忘れてるさー
と思うことにして

妹に
「ちょっと聞いてよー!
兄ちゃんがクラブの子たちが来るって言ってしまったとよー」と連絡したら

「ウソ?!マジ❓ 私もお父さんに言ってしまった。サプライズやったと❓」  ってもう。。

叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び


しゃーない

父には教えることにしたのでしたてへぺろ

そうしたところ
父が宝物のように大切に飾っていた
クラブがチームで獲得した表彰状などを
「俺はもう先が長くないから
みんなに渡しときたい」と大量に準備してた。


台車に乗せて、運び出す。。
この日の福岡、
涼しくて良かったーーーーあせる


タクシーに積み込んで待ってると、
父が、なんかオシャレして登場した。

妹と私、目がテンになる。


「ジャージは俺の正装たい‼️」

大濠高校→明治大学と柔道一筋で、
柔道の師範やマラソンの監督と稼業の豆腐屋に
懸命に生き、麻雀以外の遊びやオシャレに見向きもしなかった父が、、


こげな格好する日が来るとはーーー。


ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ



会場に入ると、
SNSで繋がって、幹事を手伝ってくれた教え子たちが
おめでとうの張り紙までしてくれてて🎉


私の幼馴染で、
子供の頃から家族ぐるみで付き合ってた親友の
サキちゃんも東京から駆けつけてくれて


早速、父泣く。。

サキは私と姉妹みたいな存在だから
来てくれて嬉しい〜音譜



みんなからプレゼントもらって


また泣く。。

賞状に、懐かしい思い出話に花が咲き、、


父ちゃん、カッパ‼️ びっくり


父の若い頃の写真を持ってきてる子もいて、
当時を懐かしく思い
時の経つのの速さを感じる〜ニコニコ



世代が違う、クラブの教え子たちも
年齢の垣根を超えて、、、


良き良きおねがい

私はハピバの歌をみんなで歌うために、
フルート持って行きました。

でも、談笑中に、
「監督さんがいつも水戸黄門ば歌いよんしゃった」と教え子の1人が言い出したので、
即興で吹いてみた。




最後、「さぁ、走れ」と言いたくて
父はいつも子供達の前で
歌っていました。

竹刀振り回してー。


そう、今だったら完全アウトな
戸塚ヨットスクールもビックリな
スパルタ教育でお馴染みのクラブでした。

「監督の竹刀が壊れた時は嬉しかったぁ」とか
「いつもある監督の軽トラが車庫に無い時は
内心喜んだけど、時間になったら戻ってきてー」とか、
厳しかった思い出も蘇るけれど

「その厳しさのおかげで、社会に出ても
ラストスパートだって頑張れる」と
みんなそれぞれの人生で糧にしてくれていて、

私もそうですが、
殴られ蹴られで育ってきたけど
愛のない暴力は受けたことないし、
厳しかったおかげで今があると
父の教育論には感謝しているのです。

ほんと、厳しかったんだからぁ。。


そんな厳しい父と反対に
母が優しくしてくれたことで、
みんなも「監督のおばちゃんのお陰で
頑張れた」とも言ってくれます。

そんな、みんなに慕われていた母が
突然他界して、

私のSNSでその事を知った教え子の連絡網で
沢山のクラブの生徒が
お葬式にも参ってくださいました。


親の死をSNSにあげた事は
社会的にも問題視されて、
当時はブログが炎上することになったけど、
本当に伝えたい人にちゃんと伝わったことで
私は後悔してないし
ありがたいと思っています。


以来のつながりー。。




みんな、ありがとうね😊



そしてそして、
今回何よりもやりたかったことは、

そんな監督のおばちゃんを慕う教え子たちに

父に恋人が出来て、幸せでいることを
発表することができたこと爆笑



俺も死にたい
死ぬ死ぬ、
お母さんのところに行く
お母さんが迎えにきたーえーん

と、毎晩のように
東京にいる私に悲しい電話をかけてきては
心配させていた父ですが、、

恋人が出来て
そういう本気でマイナスな電話がなくなりました。

ちょっと具合が悪くても
介護士である恋人のヒロコさんは
父に優しく接してくれて
病院にも付き添ってくださいます。

お互い、伴侶と死別し、
傷みがわかり合う同士、
支え合って余生を楽しんでもらえたら
娘にとってこんなに嬉しいことはありません。

お酒は一滴たりとも飲まず、
酒飲みが嫌いだった母が父にお酌してる姿など
見たこともありません。


お酌してもらったり
かいがいしく世話をしてもらってる父を見て

本当に感謝でいっぱいですラブラブ


父は九州男児、亭主関白すぎるので、
いつか彼女にフラれないことを
祈るばかり‼️

双子の兄と妹と、、
こうしてキョーダイが揃うのも久しぶり❣️

私にとっても
家族みんなにとっても、
嬉しい一日でした。


私は最終の飛行機に乗って東京に帰らねばならず、

もっとみなさんと共に時間を過ごしたいと
思っていましたがー

後ろ髪ひかれる思いでタクシーに飛び乗り、


ギリギリセーフ‼️


慌ただしい帰省でしたけど、
ちょうど父の犬のラッキーが病院で検査になったタイミングだったりで、

帰れて良かった❣️と つくづく思って
 飛行機で爆睡したのでしたー