旧皇族の「皇族復帰」とは、「宮家の創設」になります。何故ならば、宮家自体は消滅し、全員臣籍降下したからです。
そこで、「新宮家創設は、天皇から何代目まで認められた先例があるのか?」といった基準で考える必要があります。
先例は、「天皇から16世孫」です。
西暦でいうと1906年に3つの宮家が創出されました。竹田宮恒久王、東久邇宮稔彦王、朝香宮鳩彦王です。この三皇族は、いずれも北朝第3代崇光天皇の16世皇孫です。(即位した天皇から起算すれば第93代後伏見天皇から18世皇孫です)
つまり、「新宮家の創出」をするには、「天皇から16世皇孫以内」といった先例があるのです。
ところで、竹田恒奏氏は19世皇孫であらせられ、東久邇征彦氏も同じく19世皇孫であらせられます。この御子息は、20世皇孫となり、「宮家創設は16世まで」の先例を変更する必要があります。
しかし、天皇の男系男子は、他に東山天皇の系譜、後陽成天皇の系譜がおられます。
例えば、後陽成天皇9世皇孫の醍醐忠重命は、海軍中将に任官し、潜水艦隊を指揮されていました。戦後、戦犯として処刑され、靖国神社の御英霊として祭られています。
この東山天皇と後陽成天皇は、いずれも江戸時代の天皇であり時代が新しいため、「旧皇族」よりも今上天皇に血が近い立場におられ、存命の男系男子も平均して15世から16世皇孫であり、「新宮家創設」に適した親等であるといえます。
東山天皇の男系男子には、政党政治を指導した西園寺公望総理大臣、後陽成天皇の男系男子には前述した醍醐忠重命などがいます。
皇族の身分とは、「生物学的条件(天皇の男系男子であること)」と「政治学的条件」の2要件が必要です。
天皇ならば、「天皇の男系男子」であり「天皇から5世以内皇孫」であることの2要件です。
同じく、宮家ならば「天皇の男系男子」であり、「天皇から16世以内皇孫」であることの2要件です。
東久邇家は確かに「女系」では昭和天皇に近いですが、女系といった概念は皇室に一切関係なく、むしろ女系で皇室を論じる行為は典型的な反日活動であるため、議論の余地はないでしょう。
私は、「新宮家創出」による「皇籍復帰」をするには「天皇から16世皇孫まで」との先例を守ることこそ、保守であると断言します。
つまり、東山天皇と後陽成天皇の男系男子を皇族とすべきなのです。