4人の子どもを育てるシングルマザー、はしもとひろみです
先日、宮田運輸×人生謳歌塾の福島視察ツアーに参加してきました
宮田運輸さんは大阪に本社がある運送会社です
東日本大震災のあと、原発事故の除染作業で出た
汚染土を中間貯蔵施設へ運ぶことを依頼されたことがきっかけで
福島の復興事業を始めることになったそうです
震災から15年が経とうとしていますが
被災地に足を踏み入れるのは初めてでした
視察ツアーのスタートは仙台空港から
マイクロバスで山元町の中浜小学校へ
こちらは震災当日、校長先生の判断で
児童や地域住民が屋上へ避難して
90人の命をつないだ小学校です
校舎は2階建て。海からは数百メートルの距離
2~3メートルの津波を想定して建てられた校舎
実際には10メートルの津波が押し寄せたそうです
2階の天井まで到達する高さです
垂直避難か、水平避難か
判断を迫られたとき、校長先生は垂直避難を選びました
普段使わない屋上へと続く階段を児童たちは
慌てたり取り乱したりすることなく
落ち着いてのぼったそうです
校長先生は「この階段を生きておりる」
そんな覚悟で屋上へあがったそうです
屋上はコンクリートが打ちっぱなし
幸い屋根がついていて、屋根の下で災害用の毛布にくるまって
一晩を過ごしたそうです
すぐそばまで津波が迫り、津波の音、水しぶき
死の恐怖さえ感じたと思います
何回も余震がきて怖かっただろうな
暖房も明かりもない真っ暗な闇と寒さ、空腹
家族がどうなっているかもわからない不安
そんな夜を耐え抜いた子どもたち
小学生なのにそんな経験をしたなんて胸が痛みます
屋上は震災当時のまま
寒さをしのぐために敷いた段ボールなどがそのままの状態になっています
1階も津波で押し寄せられたがれきなどが残されていて
自然の脅威を感じました
私は当時、未就学児の子どもたちがいたので
被災地へ手伝いに行くことはありませんでした
今回こうして被災地へ足を運ぶことができ
テレビで見るのと、実際に自分の目で見るのは
まったく違うし、受け取り方が変わります
このようにしてつないだ命のバトンを感じたとき
私はどのように自分の命を使っていくべきか
そう考えさせられました