2023年8月26日の記事を一部編集して再投稿。
約3年前のこの気持ちは、今でも変わらない。
(長文になります🙇)
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僕は幼少の頃から学生時代まで、劣等感の塊みたいな人間だった。
何にも取り柄がなかったのだ。
もちろん、そのままでいいなんて思ってはいなかった。
このまま何をしたいのか、何ができるのか分からないまま一生を終えるのが怖くてたまらなかった。
そんな僕に唯一夢を抱かせてくれたのがプロレスであり、唯一希望の光を魅せてくれたのがプロレスであった。
「一生に一度ぐらい、死ぬ気でやってみよう」
って思えた。
それだけ魅力的な世界だった。
プロレスラーとしてデビューするまでの道のりは死ぬほど辛かったけど、今まで自分を甘やかせてきたツケが回ってきたと思えば崖っぷちでもギリギリ耐えることができた。
死んでもおかしくないような怪我をしたこともあった。
でも「死んでもいい」と思えるぐらい頑張れた。
不器用なりに全力だったから。
やがて戦力外通告を受けフリーになってからは、大変な時代だった。
プロレスだけで食っていくのがキツかったからだ。
結婚して3年目ぐらいの時だったので、嫁にも心配をかけたと思う。
今思えば情けない出来事や恥ずかしい言動をとってしまった事もある。
でも嫁はいつも前向きに支えてくれた。
だから逆境を乗り越えられたのかもしれない。
本当に感謝している。
一般の仕事をいくつも掛け持ちで行ったりもした。
そんな中、プロレスの試合で首に大きな怪我を負ってしまった。
完治させるまでプロレスラーとしての活動を止めた。
それから運命的な出会いがDr.ストレッチだった。
とにかく楽しい。
目の前の人を喜ばせることが出来るかどうか、その場で結果が明確に出る真剣勝負。
やることは違うが、それはプロレスと同じだったからだ。
どんどんDr.ストレッチにハマり、暫くしてプロレス引退を決意。
復帰する為に頑張るのもいいが、それが全てではないと直感的に思ったからだ。
しかしプロレスラー時代以下の日々を過ごすのは絶対に嫌だった。
むしろプロレスラー時代よりも輝いてやりたかった。
いや···
プロレスを経験したからこそ、他の世界でも結果を出せる人間になりたかった。
「元プロレスラー舐めんなよ」
と、毎日思っていた。
がむしゃらに汗を流した。
涙を流したこともあった。
やがて個人実績で全国トップになれた。
それが嬉しいというより、元プロレスラーが一般の世界で輝けたのが何より嬉しかった。
それからDr.ストレッチ研修生を導く育成トレーナーとなり、傍らでストレッチスクールMGAの講師を務めた。
しかし5年が経ち···自身が「生きる」ことを真剣に考えたら、やはり現場に戻りたくなった。
素晴らしい仕事だったけど「僕じゃなくてもいい」と、ある日感じたからだ。
僕にしか出来ない、僕だからこそ出来る仕事がしたかった。
Dr.ストレッチの現場に戻り、お客様の笑顔を目の前で見れるのが幸せだった。
そして現在は、自分のお店(すとれっち専門店 伸筋堂)を持つことができた。
上京して29年。
楽しい事ばかりではなかったけど、それら全てがあったからこそ今がある。
過去の汚点は、今の行動で美化できるはず。
なるべくなら
【環境のせい、人のせい】
にしなかったのも、良かった点なのかもしれない。
そして沢山の人に助けてもらって、ここまで来れました。
有難うございます。
まだまだ未熟極まりない人間ではありますが、これからも皆様宜しくお願い申し上げます。


















