弟の事故の連絡を受けた母は
きっと頭の中で、今起こっている出来事を整理することが多分できなかったと思う。

病院の場所をメモった紙を握りしめて
最低限の荷物をまとめ、わたしと父で病院へ向った。

父はお酒を飲んでしまった後だったので
わたしが運転して、弟が運ばれた病院まで走り出した。子供たちもソワソワしだして不安な顔しながらどうしたの?どうしたの!?ときいてる中、大丈夫だよ!と言い聞かせ
母と留守番させた。
きっと母自身も怖くて行けなかったはずだから。


頭の中で、弟の姿がどんなことになっているのか色んな恐怖が巡るが
運転に集中しないといけないと、冷静を保つ。

電話では、弟の容態を聞いていた。
意識はある、喋れると。

それを聞いていたから冷静さは保てたのかもしれない。

一時間半くらいかけて病院の救急センターに到着した。

待合室には弟の会社の社長さんとその奥様も居てくれたが
顔がすごく曇った表情だった。

社長さんの話によると
弟は仕事を終え、仕事場の車を路上で誘導していた。

遠くの方からこちらへ向かう車を止めようとライトを振りながら合図していたところに
ノーブレーキの車が突っ込んできたそうだ。
スピードを緩めてない車がそのまま当たってきた衝撃で弟は跳ね飛ばされたらしい。
遡ること、桜もだいたい咲き誇り
キレイな桜トンネルが見られる時期になった
今年の3月末。

子供達も春休みだった為、タイミングを合わせて実家に帰った時の出来事。

だいたいいつも2泊から3泊して
その間にわたしのリフレッシュが出来たりするつかの間の安らぎの場所。
ま、普段から母にはうちに手伝いきてもらったりして
わたしも有効的な時間を貰えたりしてたのだが、
実家に帰るのはまた違う安堵感があるのだ。

普段なかなか会えない父にも子供たちを会わせる事ができるし、子供達もジジやわたしの弟と会える楽しみの一つでもあるのだ。
というより、環境が変わってちょっとした気分転換になるってのが一番かな。。

とにかくわたしはあの場所が好きだ。

そして
忘れもしない、それは私達が自宅に戻ろうとしていた前日の夜の出来事。

母の携帯に一本の連絡が入った。
厳密に言うと二本かな。

一本目は、印西にある大学病院からの
連絡。
二本目は、そこへ救急搬送途中の連絡をくれた救急隊の方からだった。

息子さんが、事故に遭いこれから救急で搬送されてきます。(病院からの電話)

息子さんを搬送しているのでご家族の方々これから○○病院まで来ていただけますか(救急隊からの電話)

という内容の電話が次いでかかってきたのだ。

わたしが直に受けた連絡ではないから詳しい内容はその時は把握できなかったが
あの瞬間の、何かが崩れ落ちる血の気の引く感覚、家族みんなが不安な表情に変わっていった時間、、
ずっと忘れる事は出来ないだろう。

わたしの弟、子供達からしたら会えると楽しみにしていたニイニが
重症を負う事故に遭ってしまったのだ。

この日から家族の時間が色んな意味で変わっていく事になる。

ふと、またアメブロを再開しようと思った経緯には
まず、わたしの生活がこの春からガラッと変わってきたということだ。

1つは、末っ子の入園。
わたしの横に常にガッシリくっ付いて離れなかった娘が
朝8時過ぎからわたしの元を離れて登園し数時間だが1人時間を手に入れたこと

そして次に、わたしの身の回りで巻き起こる出来事があまりにわたしの中で消化しきれず
、どこかで冷静に考える事とふとした瞬間にぎゅーと押し潰されちゃいそうな気持ちを吐き出す場所が欲しいと思ったから。

誰に宛てるわけでもないが
わたしの気持ちを一旦落ち着かせる場所として再開した。

ゆるいペースで書いて行けたらなと思う。