この事件は今から35年程前、北海道の旭川のSDA教会で起こりました。当時旭川教会は建設業者の事務所で
あったところを買い取って、それを教会にしていまして、外見はまさに土建屋のオフィスそのものでありました。そこに若い
所帯持ちの牧師が赴任してきましたが、経験がなく、自分でもスランプ状態に陥っていました。彼は、牧師の働きに
自信がなくなり、もうやめようと思い詰めていました。机の引き出しには北部会に提出する辞表も準備していたそうです。
それはある寒い冬のことでした。旭川の夜は、氷点下10度以下はざら、氷点下20度以下はしばしばという気候です。
その夜牧師はいつものように教会玄関のシャッターを閉めて、二階で寝ました。夜が更けて、突然玄関シャッターを
「ガンガン」と叩く音が聞こえました。こんな夜更けに誰だと思って、彼は降りてきてシャッターを開けたところ、なんと
そこに寒い冬の夜だというのにずぶ濡れになった女性が表情もなく立っていました。牧師は、これは幽霊か気違いかと
思ってどっきりしましたが、間もなく気を取り直して、「まあまあ、どんな理由があるのかわかりませんが、そんなところに
いたのでは風邪をひきます。お入りください」と言って、女を教会の中に引き入れました。彼は集会室のストーブに
新しい石炭をくべて部屋を暖めました。間もなくストーブから「ゴー」という音がして、部屋が暖まってきましたが、
女はその前に座ったまま茫然として何もしゃべりませんでした。しばらくして、物音に目が覚めた牧師の妻が上から
降りて来ました。30分位して、女の髪の毛が乾いたころになって、女は口を開き始めました。女は自分のアル中の亭主の悪口を
言い始めました。どうやら、この女は、酔っ払った旦那に殴られ水をかけられ、夜の街に追い出されたものとわかりました。
女はそれからぶっ通しで一人で旦那の悪口を言い続けました。牧師は、自分に自信が無くなっていた所だったので、いまさら牧師然として尤もらしいアドバイスをした所で何になろうと思い、ただ女の愚痴を黙って聞いていました。
しばらく話し続けて、とうとう悪口のネタが尽きてきて、女はまた静かになりました。牧師は、女に、もういい加減にして
帰ってもらおうと思いましたが、だからといって何もいうことがないので、一言、ヤケクソで、「あなたは神様にお祈りをして
みなさい」といいました。女は、悪口を言い終わった所に全く予期しないことを言われて、「はあ?」といいました。同じく、
疲れていたこの牧師の妻がその上に畳み掛けるようにこう言いました。「あなたねえ、祈るだけではダメなんですからね。
祈ったあと、神様からのみ声を聞かなければいけないんですからね」。彼女がそう言ったのは、それ程深い考えが
あってのことでは全然なく、やはりヤケクソで言ったものと言われています。女は、「はあ? はあ。 ふーん」と言って
帰ってゆきました。牧師は、やれやれ、ようやく厄介払いが出来たと思って、また二階の牧師館に戻って眠りに就きました。
それから2,3時間ばかり経ったかした真夜中に、またシャッターを「ガーン、ガーン」と叩くものがあるではありませんか。
今度は何だ?と思ってまた叩き起こされた牧師がシャッターを開けてみると、さっきの女でした。今度はなぜか薄気味
悪くもニコニコしていました。「今度はどうされましたか?」と牧師が聞くと、女は、「祈ったら、耳の後ろで声がありましたぁ」と嬉しそうな答えをしました。なんと、この女は亭主に殴られ、水をかけられ、とうとう頭がおかしくなってしまったかと思いました。やれやれ、またとんでもないことになったものだと思いつつも、牧師は、「その声はなんと言いましたか?」と優しく
尋ねましたら、女は「夫のことをそんなに悪く言ってはいけない、と言われました」と答えました。牧師は、とりあえず、
「そうそう、その通りですよ。あんまりご主人を悪く言ってはいけませんよね」と、一応その場しのぎの答えをしましたら、
女はすぐに去っていきました。
それからというもの、この女はしばしば教会にやってきては、「今日はこんな声がありましたぁ」とか、「耳の後ろからこのように言われました」と、牧師に報告に来る様になりました。初めは「困ったものだ」と思っていた牧師でしたが、だんだん黙って
みていると、この女は、この耳の後ろからささやく声のアドバイスに忠実に従っているうちに、次第に非常識な素行がなくなり、言動が少しずつ洗練されてきているように見えました。それを見ていた牧師は、次第に、これは普通ではないという事に気がつき始めました。女はそのうち、教会の安息日に頻繁に出席するようになりました。ある日、この牧師は女に、「あなたはまだ聖書を読んでいませんよね。そろそろバプテスマクラスで聖書研究を一緒にしませんか」と言いました。すると、女は、「わかりました。家に帰ってお祈りして、耳の後ろの声に従います」と言って帰ってゆきました。
女はそれから何日かして教会にやって来て、牧師に、「声がありました」と言いました。牧師が、「声はなんと言いましたか?」と尋ねると、女は、「『ヨハネの福音書の15章の3節を読め』と言われました」と答えました。ヨハネの15章と聞いた牧師は、ああ、それはぶどうの木のたとえの近くだと思いましたが、普段は15章の1,2節までで、3節は読んでいないので何が書いてあったか覚えていませんでした。彼が聖書を開いて15章3節を見た時、牧師はその場で驚いて倒れそうになりました。
「あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。」 ヨハネ15:3
この女が最後に「耳の後ろの声」を聞いたのは、バプテスマを受ける前の日でした。それによると、声は、「私は今まで
耳の後ろから貴方にささやいてきたが、これからは必要なことはすべて聖書に書いてあるので、そちらを読みなさい」と
語ったのだそうです。事実、彼女がバプテスマを受けてから、耳の後ろの声はもうありませんでした。自分はもうダメだ、無能だ、何も出来ない、と思っていた牧師は、この経験で、人の魂を導くのは神の聖霊であって、自分は単にそれに用いられている土の器に過ぎない、自分がダメでも、神が聖霊を通して働いてくださるのだということを悟り、辞表をゴミ箱に捨てて、再献身を決意しました。それから、この旭川教会にリバイバルがあり、私が導かれたのはそれからしばらくしてからのことでした。
しかし、この話には恐るべき後日談があります。ある日、この牧師が札幌の教区の牧師会に行ったときに、そこに集まっていた他の牧師や部会幹部に話したところ、その反応は全く冷ややかなものでした。牧師や指導者でありながら、「このロケットが月の裏側を覗きに行ける時代にそんなバカな」とか、「おふざけな話なら願い下げだよ」とか、「そんなことを言うから信徒から馬鹿にされるんだ」などといった心無いことを言う者がいたのだそうです。ところが、この耳の後ろの声の証をあざ笑った、牧師、部会幹部、などは、それからすべて一二年以内に病死、背信、左遷(東京衛生病院へ)などで北海道から去り、みんないなくなってしまいました。聖霊の声を取り次ぐべき働きをするはずの牧師が聖霊の声をあざ笑うことは本当に恐ろしいことであると、当時その場に居合わせて、この話を昔私に教えた牧師は言っておられました。
この話はSDA教会で厳かに語り継がれるべきエピソードですが、SDA以外の他の教会でも、もし有益であると思われましたら、ご自由に引用なさって下さい。SDA嵯峨野教会の出典を明らかにする限り転載、引用は無制限に許可します。因みに、この若かった35年前の旭川教会の牧師とは、よい働きをされて既に引退なさった弥永邦明氏です。またこの女性はしばらく生きておられて天寿を全うし、わたくしの家内を結婚して旭川きょう鵜飼いに連れて行ったところ、いろいろな預言のアドバイスをくださいました。
