おはようございます。

 

今日は、予報どおり強い雨の朝になりました。

先週から、息子がのどが痛いと言っていましたが、私もガラガラして、少し咳が出るようになり、うつされました。

天候の変化の影響ですかね。

のど飴が必須な日になりそうです。

 

今日のスカイツリーは完全に見えません。

足立市場前は、つくばエクスプレスとJRの通過が撮れました。

明日からは、暑すぎる日が続くようで、気を付けてお出かけ下さい。

 

 

おまけ、

私が、北海道の片田舎で過ごした子供の頃は、インターネット、スマホもない時代で情報を得るのは、TV、ラジオ、月に1度くらいに売られている雑誌くらいでした。

鉄腕アトムに写る高速道路、サンダーバードの人形劇での宇宙の風景をみて未来を想像し、都会へのあこがれが増していました。

そして、大きくなるにつれ、エロガキからエロ少年になり、男としての本能が出てくる時でもありました。

当時は、今のようにコンプラでしばりつけがなく、よく下ネタを言っていましたし、同級生の女子も毛嫌いすることなく、「馬鹿だねえ。」くらいで受け流し、「男だからしょうがないよね。」と器の大きい大人の対応していました。

前回の、「トゥナイト」でもお伝えしましたが、当時は倫理観、道徳心がまだあり、自制心もきちっとしていた感じです。

さらに、尊敬する父も深夜番組の「11PM」、「独占男の時間」等はフリーパスで見せてくれました。

特に、中学生の時、北海道では深夜に、東京12チャンネル制作「プレイガール」という少しHな番組が放送され、父も「始まったぞ」と声をかけてくれ、父子揃って見ていて、母からあきれられていました。

そして、大学に入り東京ではありませんが、関東圏での学生生活で、北海道ではネットワークされていない東京12チャンネルが見れるようになり、当時月曜8時からはプロレス中継があり、ラッシャー木村、グレート草津、マイティ井上、アニマル浜口などが荒くれ外人と戦うのを見ていました。

さらに9時から、「ザ・スーパーガール」という番組が始まった頃で見ていました。

後に、中学生の頃見ていた「プレイガール」の後継番組と知り、ゴールデンタイムに、よく放送しているなあと感じました。

番組は、1979年4月~1980年3月まで、私が憧れていた東京12チャンネルで放送され、しっかり見ていました。

正直、当時の就職の第一希望は東京12チャンネルでした。

 

当時の時代背景として、1972年7月に男女雇用機会均等法が成立して、女性の地位が向上し、社会進出が始まった時期でもあります。ドラマでも、女性刑事が登場したり、女武闘家が主演するものが増え始めた時期でもあったと思います。

 

内容は、警察を退職した主人公の野際陽子さんが探偵事務所「スーパーガールセブン」を立ち上げ女性探偵たちが活躍するお色気アクションでした。

題字が、俗に言うピンク映画の題字になっていて、始まりから気持ちがそそられました。

当時は、俗悪番組的な事を言われていましたが、それほどひどいとは思いませんでした。