しかし、そこからが転落の日々だった。
保証人にはならないというのが条件だったんだけど、就任するとすぐに銀行や信用金庫、リース会社が次々に挨拶に来た。
そして書類がたくさん来た。
今思えば詐欺行為じゃないのかと思うんだけど、「社長になったら色々と手続きがございまして・・・」と言われるがままにサインやハンコをついた。
(そもそもそれが大間違いだった)
控えも何もなく、説明も簡単なものだった。
すると親会社から通帳や印鑑、決算書など子会社に関する書類が届けられた。
よく見ると実質的な負債はすでに5千万ほどまで膨らんでいた。
そしてオーナーが残した言葉は、「もう給料が払えない。この会社は潰すなり、なんなり好きにやってくれ」というものだった。
ボクも社員も信じられなかった。
事業開始から3ヶ月目のことだった。
あまりに早い親会社の撤退に、ボクらはとてつもない憤りを感じ、社員全員の職場を守ろうって強く決心し、継続を決めた。
・・・
実はボクは過去に会社を立ち上げたことがあった。
22歳の時だった。
でも会社を大きくすることができず、2人でやってたんだけどそれぞれ違う会社に入ることに決めた。
会社的には軌道に乗りつつあったんだけど、ボクが友人の保証人をやっててその連鎖できつくなってやめざるを得なかった。
そんな失敗もあったから、代表取締役になることのきつさもわかってたし、なっても40歳になってからって思ってた。
そんな過去もあっただけに、逆にみんなを路頭に迷わせるわけにはいかないって気持ちが働いて、会社を継続することを選んでしまった。
今思うと、守れるはずもないのに何をカッコつけようとしたんだろうって、浅はかな自分というか、無責任な自分に腹が立つ。
登記を調べてさらにビックリしたことがあった。
創業者の社長がボクに代表取締役を移行した際に、代表権を持たないただの取締役(会長)になっていたのだ。
普通、オーナーの場合、代表権は残したまま会長職にとどまると認識してたんだけど、代表権はボクだけになっていた。
疑えばキリはないが、計画的に切り離すつもりだったのは弁護士から言われて初めて気がついた・・・。
ボクは基本的に気が弱くて適当なところもあるから、役員変更登記の時にきちんと確認さえてほしいと言わずにサインやハンコをついてしまい、結果それがこんな事態を生んでしまった。
こんなのってうまくいってるときは何にも考えないんだけど、本当はうまくいかなくなったときのためにあるんだよね。
あまりに勉強不足だった・・・。
でもボク自身を育ててくれたのは創業者だし、今でも感謝している気持ちに変わりはない。
ただ、本音で話し合えていなかったと思うと寂しくて仕方がない。
弁護士とかにも相談したけど、日本の法律ではどうあがいてもボクに不備があったとしか言いようがないって言われた。
実は事業開始の時に他の会社から引き抜かれた50歳の男性スタッフも平取(ただの取締役)になってたんだけど、後でわかった話、その彼も連帯保証人でハンコをついている書類が出てきた。
(後に彼は別会社を作ることになって独立するんだけど、今回ボクが破産することで彼にいく借金が約2千万、、、まだ決着はついてないけど、当然もめる話になっている)
銀行やリース会社に対して内容説明もきちんとないままの名義変更だっただけに、かなり抵抗をした。
でも相手は地銀で大きな会社。
当然かなう相手ではないので、何とか味方につけようといろんな事業計画を出して、運転資金を調達しようとした。
企画書や事業計画書、資金繰り表とかの作成に追われる日々が続き、胃の痛い毎日だった。
おかげで融資の受けれる事業計画書の作り方だけは本当に勉強させてもらったし、当時の担当者に感謝している。
そんな日々の繰り返しで、借金は雪だるま式に増えていった・・・。
