薄暗く、寒い。鉄の檻の言葉を信じる限り、決してミクに害のある人物ではないはずだ。信頼と警戒の目でその正体を見据える。
「……そんなに怖い顔しないでよん」
すらりとした長身、青い肌。長い指の先の爪に、鍵が引っかかっている。緑色の唇が妖しくほほ笑んだ。
「ビアードのお気に入りちゃん」
「フィ、フィシュー……!」
ミクは想定外の人物に、ぐっと唇を噛んで警戒する。直接戦ったことはないものの、くりだすムチの攻撃や確かな戦略術はジョーバス幹部内でも優れた戦闘員である証だと思っていた。そんな強敵が突然ふらふらと現れたものだから……しかも囚われの身である今。警戒心をマックスにして、ミクは言う。
「な、なにしにきやがった」
「……相変わらずビアード以外には厳しいのねん。でもそういうとこ、嫌いじゃないわよん。ね、警戒しないで、だってアタシ、あんたと恋バナしにきただけだもん」
「…………は???」
ますます意味が分からない。フィシューはのんびりと椅子をどこからか持ち出してきて、檻の前に腰掛けた。
「ほんとは鍵あけちゃえるんだけど、それしたらあの堅物熊さんが何言うかわかんないし。これで許してねん」
「は、はあ」
「さーて、いろいろ聞くわよん!」
フィシューはにやにやと笑いながら言った。
「あんたビアードのどこがすきなのよん」
「え、えええ、えっ、えええ!」
突然の質問に慌てるしかできない。えっ、てか、なんでばれてるんだ! でもそりゃ、そうか。でも。敵にまで。まさか。
あわあわするミクにフィシューは「早く答えなさいよぉ」と口をとがらせる。
「一目ぼれ?」
「えっと……うん。一目ぼれ、だった」
ぽつぽつ、と。
今でも鮮明に思い出せるあの記憶をミクは敵に話し、聞かせる。
「学校帰り……ぼーっとしてたら急に天気が悪くなって。そしたら周りの色が消え始めて。なんだなんだって思って空を見上げたら、大きな掃除機みたいな怪物と、サラちゃんとスイちゃんが戦ってるのが見えたんだ。うわーなんじゃこりゃーと思って、走って逃げようとしたら大きな掃除機の怪物が目の前に落ちてきたんだ」
「……それって、あんたが最初にブレスガールに変身した時の話よね」
「そ、そうなんだ。それでアワアワしてたらサラちゃんとスイちゃんが来て、『なんでおまえいるんだ』ってなって。『知らん!』って言ってたら、後ろにすっごい大きい気配を感じて……」
ああ、ここで初めて出会ったんだ。
フィシューは「それで?」と笑みを含んで言う。
「振り向いたらその、全身モフモフの怖い顔した熊さんがいて……! わたしちっちゃいころから熊が大好きだから『うわーっ!』ってなって。『あの、おいくつですか』って聞いたんだ」
「おいくつですかってあんた」
「33って言われた」
「答えたんかい……!」
「それで、その声があんまりにも素敵だったから『結婚してください』って言ったの!」
きゃーっと鎖でつながれた手足をばたばたするミク。フィシューは思った。この子バカだわん。
「サラちゃんとスイちゃんにはふざけんなって言われたんだけど、ビアード様にも『は?』って言われて。まずい、プロポーズ失敗したと思った」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そしたら掃除機復活してズドーン! ズバーンでうわーって変身してえーいってやっつけてその時は終わったんだけど、それ以来寝ても覚めてもビアード様が愛おしくて……」
だから、結局どこが好きなんだろう。考えて、止まらなくなって。
「あの全身モフモフのお姿もきりっとした目と傷も、立派な牙もちょっとセンス悪い隊服も、いかつい碇の武器も厳しい性格も全部好き。厳しいけどほんとは優しくて、正々堂々としてて、ほんとにかっこいい!!」
「……はぁん、なるほどねん」
聞いてるあたしが恥ずかしいわん、とフィシューは顔を扇いだ。
「でもあいつ融通効かないし、あんたのことも『たおすべき敵だ』とかって言っちゃってるわよん。ほんとにあんなのがいいのん?」
「フィ、フィシューさんもわかるはず、あのむんむんとした色気が!」
「いやわかんないわよ」
ここで、ミクはハッとなった。あかん。敵にしゃべりすぎた。
馬鹿な頭でこんなことをしゃべってしまったデメリットを探す。
ひきつった顔のまま見上げると、フィシューが不敵に笑った気がした。
「じゃあさ……聞くけど」
フィシューは冷たくほほ笑んで問いかけた。
「あんたもしビアードに裏切ってジョーバスの仲間になれって言われたらどうする?」
「え……」
まさかこんなことを聞かれるとは思っていなくて、頭が真っ白になった。
こんなことをしゃべってしまったデメリット。
惚れた側の弱み。
「たとえばさ……ノア様に忠誠を誓うなら結婚してやるとか言われたらあんた、どうすんのよん」
「そ、それは」
言葉に詰まる。
そして驚いた。
即答できない自分に。
ブレスガールは地球を守るんだって言えない自分に。
動揺しているのを悟られないようにへらっと笑う。
「ば、ばかだから、わかんないなー……」
「わかんないってことはフィフティーフィフティーかしらん?」
くそ。こいつ。ミクは完全にやらかした。だから、こういうときは。
吹っ切れてしまえばいい!
「うるせーーーー! わかるかそんなもん! 実際にビアード様に言われたら多分ホイホイついていくわ私ばかだから! でもビアード様そんなことしないもん、多分!!」
「……ぷっ。あははははは!!!」
フィシューが笑いだしたものだからびっくりしてミクは固まった。
「あたし、あんたのそういうとこ、好きよん。惚れた側の弱みよね、仕方ないわん!」
明るく笑い飛ばすフィシュー。まだびっくりして動けなかった。
この人クールな人だと思ってたけど。
なんだ全然クールじゃないじゃん。
そう思うと笑えてきて、へへへと笑みがこぼれた。
「まあ、でも気をつけなさい。鉄血のビアードとはいえどあいつも男よん。もし本当にあんたを、何をしてでも手に入れたいって思ったときはどんな手段に出るかわかんないわ。規則とか原則とか全部ぶっ壊してでもあんたを自分のものにしたいと思うかもしれない。そのとき、どうするか、ね」
意味深な台詞を言い、「なんちゃって」と笑う。
「ま、安心なさい。アタシはあんたたちのこと応援してるんだから。せいぜいうまくやりなさいよ」
そう言い残して、くるりと背を向けて帰ってしまった。ミクはぽかーんとしてフィシューの言った言葉を反芻する。
……あれ、ビアード様もしかして脈あるんじゃないかこれ。