イタグレ コウとサチの日記 -133ページ目

つばめの季節


イタグレ コウとサチの日記


コウ父です。つばめが虫を追いかけて飛びまわっていたのでコンデジで連写しました。


なんとか撮れました。月曜日のことです。



実はこの数分前、ベランダで座っている私に気付かず、


ピストルの弾のように超スピードで抜けていった飛行物体と、


ベランダのさんに、虫を咥えて止まった、白と黒の鳥がいました。


色加減と飛行スピードからみて、2羽とも鶯だと思います。これまでに見たことがありませんけど。


イケメンの締まった顔をしていました。


コウサチは家の中で朝食後の爆睡の最中でした。









気仙沼煙雲館

コウ父です


だいぶ前、2008年12月に気仙沼に旅行しました。


その時、行ったのが、煙雲館というところです。


気仙沼の旅行案内のパンフレットに載っているのは、海鮮市場とこの煙雲館だけでしたので、


レンタル自転車で行ってみました。


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煙雲館は、伊達藩の筆頭家老、鮎貝氏の邸宅です。


大震災の後、この建物が無事なのかどうか?


ずっと心配に思っていましたが、


情報がないので、行った時の様子を書いてみました。

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到着した時には、丁度、お住まいの上品な御夫人と娘さんが外出されるときだったので


ひとりで庭を見学させていただきました。

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大震災の後どうなっているのか?


大島が見える堤防から陸に入って、


少し坂を上った記憶がありますが、

津波が来る高さだったのかどうか? 


ネットでもニュースでも


情報がないので心配です。




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煙雲館に行くときは


大島が見える海岸沿いの道を


自転車で走りました。


大島の人も苦労されたし、


この写真に写っている生簀は


全部なくなったのだなあと


悲しい思いです。





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泊まったのは


ちょっと高台にある


望洋館という旅館。


大震災の後は避難所になっていて、


最近、ほぼ全員出て行かれたと


ニュースで言っていました。








次の日、気仙沼を出たあとは、陸前高田や大船渡を越えて釜石まで行きました。


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鉄道は海から離れて走っていたので、三陸海岸はそれほどは見られませんでした。


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釜石では、シャケやキチジがおいしそうでした

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心残りはこのような魚を買えずに帰ったことです。

















台風一過

コウです男の子


台風が近づいてから、ずうっと雨でした。


ぎゃろっぷ杯も中止になるし、散歩にも行けないので


身体がなまってしまってます。



今日は、やっと、台風が行ってくれたので、お父さんが外に連れだしてくれました。


久しぶりのグレーンベルトです。草が少しだけ大きくなっていました。


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嫌いな柴犬とすれ違った後、


お菓子をいただいてから


爆走しましたニコニコ






サチはちょっと調子が悪かったので、今日はお散歩はなしでした。