邓丽君(テレサ・テン) | 蘇州日記

蘇州日記

2015年4月から蘇州に単身赴任しています。蘇州での生活をブログに書いてる人が大勢いて、赴任前にとても参考になったので、真似することにしました。

蘇州とは何の関係もありませんが、中国に赴任して良かったなと思うのはチャイニーズポップスの魅力に気づくことができたことです。

僕は中国語をマスターしたとはとても言えないレベルですが、歌詞カードを見て、知らない言葉を辞書で調べればどうにか歌の意味はわかります。

そんなわけで、僕のお気に入りのチャイニーズポップスの歌手を紹介して行きたいと思います。



まずは日本でもお馴染みの邓丽君(鄧麗君=ダン・リージュン=テレサ・テン)です。





テレサ・テンのことはもちろん日本にいた頃から知っていましたが、僕は彼女が「アジアの歌姫」と呼ばれていることをずっと不思議に思っていました。

「アジアの歌姫」というと何となく「日本の歌姫」よりも格上という感じがします。

だとすると、テレサ・テンは美空ひばりよりも上ということになります。

確かにテレサ・テンは優秀な歌手だけれど、さすがに美空ひばりよりも上というほどじゃないんじゃないの?というのが正直な気持ちでした。



そんな僕の考えは、中国に来て、中国語を習い、彼女の中国語の歌を歌詞カードを見ながら聴いてみて一変しました。

僕たち日本人は、彼女の実力の半分も感じ取れていなかったのです。

「つぐない」や「愛人」といった1984年以降の日本でのヒット曲と、僕が勝手に彼女の全盛期だと思っている1970年代末から80年代初頭にかけての中国語のヒット曲とでは、次元が全く違うのです。

もちろんわざとではないのですが、彼女の台湾時代の楽曲に触れてしまった僕には、「つぐない」や「愛人」は手抜きとしか思えないくらいです。



ひとつにはやはり言語の問題が大きいのだろうと思います。

日本語で歌う時の彼女は、持ち前の「歌詞に描かれた感情を歌に込める能力」を半分程度しか発揮できませんでした。

半分しか発揮できなくても、幼い頃から日本語を話して来た日本の一流歌手達と肩を並べるレベルの歌が歌えたのだから並みの才能ではありませんが、中国語で歌う時の彼女は奇跡的なレベルで感情を歌に乗せています。



だったら彼女が日本で録音した歌でも中国語のものなら奇跡的なのでしょうか?

彼女はトーラス・レコード時代に「何日君再来」を日本語版と中国語版の両方で録音しています。

しかし、・・・・・確かに日本語版よりは魅力的だけれど、台湾時代の同曲の録音にはとてもかないません。



彼女の台湾時代のヒット曲に「甜蜜蜜」というのがありますが、この「蜜」という単語は彼女の全盛期の歌声を表すのにピッタリです。

全盛期の彼女の歌声にはじつに潤いがあるのです。

しかし、日本再デビュー後の彼女の声はどちらかというとハスキーなものに変わっており、「潤い成分」が失われてしまったように思うのです。



彼女の楽曲の中で僕が特に気に入っているものをいくつか紹介します。


月亮代表我的心



「私があなたのことをどれほど深く愛しているのかとあなたは聞くけれど、その答えは月が私の代わりに語っている」という歌詞のラブソングです。

歌詞の意味がわからない人に伝わるかどうかわかりませんが、この曲を聴いていると、まるで恋人に耳元で囁かれているような甘酸っぱい気持ちになります。



甜蜜蜜



「あなたの笑顔はなんて素敵なの?どこかでその笑顔を見たことがある気がするけど、どこだったかしら?ああ、夢の中で見たのね」という甘ったるい歌詞ですが、彼女が歌うと本当に説得力があります。



何日君再來(台湾時代の録音)



日本での再録音バージョンは、いかにも「分断された台湾と中国本土がいつひとつになるのか」というシリアスな感情を込めて歌っているという感じで、ちょっと堅苦しいのですが、台湾時代の録音はもっと軽い印象です。自分にとって大切な人が遠くに行ってしまうことになり、最後に送別の晩餐を開くという内容なのですが、「もういっぱいいかが?」というようなさり気ない歌詞に、さびしさに溺れず明るく送り出したいという気持ちを感じることができ、シリアスに歌うよりも却って泣けます。
 


再見我的愛人



アン・ルイスの「グッドバイ・マイ・ラブ」のカヴァーなのですが、中華圏ではテレサ・テンの曲として有名になりました。この曲での彼女の歌唱は本当に素晴らしいとしか言いようがありません。「再見(さよなら)」とか「我的愛人(愛する人)」などのラブソングでは使い古された言葉たちが、彼女の歌唱にかかると、言葉本来の意味を取り戻すという感じがします。まるで、「別れの悲しさ」という感情そのものが音波へと姿を変えて目の前に現れたかのようです。



ここに紹介した4曲の中で、「甜蜜蜜」を除く3曲はいずれもカヴァー曲なのですが、彼女は楽曲をオリジナル・シンガーから奪ってしまう大泥棒としても有名です。ちょうどドリー・パートンの「I Will Always Love You」を今では誰もがホイットニー・ヒューストンの歌だと思っているのと同じように、「月亮代表我的心」「何日君再來」「再見我的愛人」といった楽曲は、ちゃんとオリジナル・シンガーがいるにも関わらず、中華圏の人達は「邓丽君の歌」と認識しています。



そうそう、中国語で「の」にあたる単語は「的(ダ)」なのですが、彼女には歌う時にこの単語を「ディ」と発音する癖があるようです。彼女の歌で中国語を覚えようとする人は気を付けましょう。


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