ディスレクシア・・・・
昨日のTVでディスクレシアについて放映がされていた!
学習障害のひとつで、知的には問題ないが、なぜか文字の認識能力が著しく低下しているために生じる障害だ。
このほかにも学習障害も最近になりいろいろ報告をされるようになってきたが、努力してもなかなか成績があがらないなどの問題があっても昔は努力が足りないだとか、勉強できない! などのレッテルを貼られることも多くあったのも事実だ・・・。
ただ、なぜかこれらの学習障害を持っている人のほうが後に天才と呼ばれることが多くあるようだ!
一方で、なんでもよくできる神童などと呼ばれた人でノーベル賞を受賞したり著名な功績を挙げた人というのはあまり聞かないようにも思う!
ADHD、LD、そしてこのディスレクシアなど、先天的な障害が脳に生じているが、知的には問題ない場合、はたから見ると、ただの怠け者、うつけ、かわりもの、変人、親の躾がなっていない! その他、さまざまないじめの対象になる可能性もある!
アインシュタインもエジソンも、どうやらこの手の障害をもっていたらしく、子供のころは勉強のできがよいほうではなかったという!
だれでもそうだろうが、苦手を克服するのは大変な努力がいる!
障害までいかなくても多くの人には得手不得手がある。
やはりこれは生まれ持った脳の働きが人それぞれ違うことからくるのかもしれない!
さて・・・・
では苦手なものを克服するには、どうすればよいのだろうか・・・?
上記のような障害を持っていらっしゃる方には大変な努力を要されてもこれらの克服は困難なことが多いようだが、幸い、それらを補う ICT がいまできている!
読めなくてもipadなら音声で文章を読み上げてくれる!
メモも音声入力すれば可能となるし、スマホなどの予測変換機能を使って文字入力ができるようになるようだ!
幸いなことに昔と違って活用できるもの、手段が増えてきた!
障害がないが苦手がある場合、得意なものを活用して、その考えや思考パターンを苦手なものに当てはめて考えるようにしてはどうだろう?
文字を数字に置き換えたり、文章は数式に置き換えたり・・・
文字を絵に置き換えて覚えたり、文章も絵に置き換えて覚えたり理解したり!
その逆もあるのかもしれないが、いずれにせよ、努力は繰り返して・・・・・
というだけではなく、僕の場合はどういうふうに努力すればよいのか? を考えることからはじめるとよいのかもしれない
「できるもの」「できないもの」「やりたいもの」「やりたくないもの」などなどからその手法を導いてうまくいったら検証し、その手法を定着させてしまう手法がオリジナルな努力方法なのかもしれない!
大人は人のことを単に努力しろ! どのように?? ぼくにその方法はあっているの?
という声に耳をかそうとしないのではないか?
「みんなやっているんだから!あなたもやりなさい!」
と・・・・・いっているのではないだろうか?
さてさて、先ほど記載したように最近はICTを活用してさまざまなことができるようになってきている!
そしてそれを使うための武器はいろいろ入手可能になっている!
国が本気で天才を作ろうと思うなら、これらの人に目を向けてはどうだろう?
十派絡げた教育ではこれらに対応できない!
それぞれの特性に応じた教育と集団、組織に携わる教育というものをダブルで考えてみたほうがよいのかもしれない!
なかなか普通の人には理解できないこれらの障害・・・・。
みんなと同じ人間ばかりが世の中にいるわけではないのだから・・・。