学童保育を大幅に増加させる・・・小1の壁
私たちの年代が小学校1年の頃・・・・
のどかであった!
周囲はほとんど田んぼ・・・
裏山に登ればたけのこははえているわ、池にはフナなどが生息していたり、
学童保育など無縁といってもよい時代であった!
近隣の子の家に遊びにいったり、公園でみんなで遊んだり・・・・
友達も遊び場も自然もいたるところにあって、遊ぶのにこまらなかった!
蜂の巣をとってその鉢の子を生で食べたり・・・。
ざくろ、イチジク、山葡萄・・・・
ザリガニをとったり、かえるをとったり・・・・
さて、そんな時代も半世紀ほどが過ぎ、いまでは学童保育が不足し、今後5年間で30万人分の増員ができるようにするということを政府が検討するようになったそうだ!
小学校1年になると、共働きの子供を預かる施設が少なく、学童保育も不足しており、小学校入学と同時にその壁にぶち当たることになるという!
これが「小1の壁」だ・・・・
いまのご時世、大自然に囲まれているところも少ないし、子供同士でわいわいがやがや遊んだり、近所の子供が遊んでいるのを立ち話中の叔母ちゃんたちがときおりみて監視するなどもなくなったのではないだろうか?
もちろん、不審者、少子化による1人遊び・・・なども昔からあったにはあったがその絶対数は増えてきている!
また、あまり感心しない呼称であったが、「かぎっ子」という言い方が実際にはつかわれていた。
ただ、かぎっ子は「独り立ちしている」「兄弟の面倒を見ている!」 など・・・
実際には高評価を受ける場合が多かった。
そしていま共働きや1人親の世帯は、その割合がますます増えてきている!
その子供たちのためには、保育がなければ危険な時代とはいいえなくなってしまっている。
未来を担う大切な子供・・・・
そこには小1の壁が存在している。
一歩で、高齢者対策の施設はあるところでは飽和状態で民間施設が飽和状態になっている!
つまり、供給過多となっている施設があるということだ。
とはいえ、まだ宿泊のできる介護施設は不足していることも事実では有るのだが・・・・
そこで、子供たちと高齢者をともに預かるといった施設を増やしてはどうだろう?
高齢者たちの孫として接触されながら、保育も同時に行えば、生きがいなども見出しやすくなるのではないだろうか?
増え行く高齢者によって、減り行く子供たちの行く末を見守り育て、膨らませるような体制作りこそが、「本人らしい生き方」に近づかせる一歩になりえるのではないかと考える。