試練
「神は乗り越えられる試練しか与えない・・・。」
ということがよく言われるが、東北大震災にしろ、キャンディーズのスーちゃんにしろ、どうしても乗り越えられなかった試練もおおくある。しかし、それでもいろいろな意味で人に希望と勇気を与えてくれることがある。
試練に会った際に、人はいろいろな選択肢が生じ、どれを選ぶかは本人の意思次第だろう。
立ち向かう人もいれば、逃避する人もいる・・・退避がよいのか責めるのがよいのか、わからない場合もあるだろう・・。
兵法では、「算多ければ勝ち、算少なければ勝たず・・・。」
という言葉がある。
算多ければ争い、算少なければ争わず・・・ともいえるのだろう。
その算、人によって計算方法が違うようだ。
放射能にしても、その算が違うために小佐古敏荘内閣官房参与が辞任した。
放射能の値が大きすぎたのに、それを訴えても勝算が少ないためのもの・・。
勝負における計算とはまさに秤にかけて行われるのだろう。
人生の勝負も必ず勝つとは限らない。
人から羨ましく思われていても、実際には悩んだりしている人も多い。
昨日みごとに優勝した柔道の鈴木選手は若手に阻まれて王座を渡したことも何度もあった。が、あきらめずに突き進んだことでまた勝利を得ることができた。
勝敗は時の運ともいうが、運も実力のうちだろう。
これら勝負、真っ向勝負も逃げるのも、どりらが良いとはいいきれない。
その選択を自ら責任を持って行い、あきらめずに時に迷いながら、進んでゆくしかない。
そして、その評価はあとからついてくるものだ。