高齢者はいきてゆけない。
昨日、東京目白にある、目黒教育センターにて、淑徳大学の結城康博準教授たちによる「高齢者は生きてゆけない」という著書の内容にそったシンポジウムが、(社)日本医学協会の主催にて開催された。
現在の日本の介護は、従来の家族で看取る、家族で面倒をみるといったふるい体質から、核家族化し、結果として孤立した高齢者が孤独死を迎えたり、性善説に基づいて作られた介護、年金制度を悪用する家族らによって、高齢者の生活が一変してしまった。
また、介護を拒み続ける人、面倒をみる家族のいない人、老々介護などの問題が浮上してきており、即座に対応を要することが肝要になってきている。
地域のNPOでは高齢者のコミュニティーを作る居場所作りなどが始まっているところもあるが、そこではお茶がでたり、話したり、遊んだりが500円程度の負担でできるということだが、その世話をする人たちも70代がほとんどだという!
若い人がそこにいけばよいというのは短絡的な発想で、ジェネレーションギャップがそれを阻むことが多いという。
地域の老人会などもあるが、世話役にかかる負担も大きい。
また、介護拒否老人のなかに、認知症、家族のいない独居老人などがいるが、それらの方々に対して、現状の介護保険制度は、本人あるいは家族の意思によってのみ動くような仕組みになっているため、介入ができないことがあるという。
こと、介護に関しては、安否確認も含めて、本人の意思ではなく、ある程度、自治体の介入が必須になってきていると思われる。
本人の意思、家族の意思にすべてまかせてしまう弊害がいまでてきており、年金の不正授受、死亡が確認できない、孤立死のあと、家族が遺骨すら引き取りにこない・・・
これらに対して、現行法では、なにもできない。
今後は、本人、家族の意思なくしてうごけない制度をあらためてゆく必要があるようだ。
安否、そして安全に生活を送るには、頑固で他人の介在を認めないだけでは暮らしてゆけないということをもう少し考えなければならないのだろう。