(高校卒業後)浪人生活は京都に居を構えました。銀閣寺ほど近い百万遍に「光華寮」という中国人留学生の寄宿舎があると聞いて、そこに住み込んで新聞配達などバイトをしながら受験勉強に集中するためでした。

ここは京大のすぐ近くで・・全学連の学生運動が盛んだったとき、中国共産党系学生組織の拠点だったところで、先輩諸氏らから様々な人生哲学を学びつつ、京都華僑総会青年部(大陸系)の活動も積極的に参加していました。

(当時、国民党の台湾や日本の右翼、日本共産党とも対立し、日中友好運動は極めて政治色が強かった。)

 

そんな中、豊橋の愛知大学が日本で一番”中国研究”に長けていると聞き、そこへ進学しようと思い立ちました。

京都での社会活動に忙しく、たいして受験勉強はできなかったのですが(笑)翌年には立命館・法政・中央大学の経済学部に受かりましたが、親の反対を押し切って愛大法経学部中国経済コースに入学しました。ここは人民公社の社会主義経済史や中国語で『資本論』読んだり、ユニークな授業が目白押しでした。

 

ここで私は自分のルーツ「なぜ日本に生まれ育ったのか?」✩私の学生時代は、唯物史観・東洋史・マルクス経済学・各種政治哲学・中国語会話など、自分の歴史的精神的現在位置を確認するため、あらゆるインプットをしつつ「中国語文研究会」というサークルにて、日中友好活動の現場に身を投じました。ボランティア精神も、このころから培われてきたように思います。

 

当時のおもしろエピソードには事欠きませんでしたが1つ・・愛大近くのまかない付き寮に住んでいましたが、ここは革マル派(愛大の自治会を主導する過激派)・創価学会・右翼・日共民青などと共同生活しており、食堂で毎日顔合わせながら、「ニクソン訪中がどうだとか・・」さまざま議論でき、絶妙に刺激的な空間で、いまも貴重な思い出でいっぱいな学生生活でした^o^