出せる時に出すです(○`・Д・´)9
相手は芸能界一多忙な人気俳優。
分刻みでスケジュールを熟す彼と、まだまだ新人の域を出ない隅っこタレントの自分。
本来ならなんの接点もない私たち。
顔を合わせないようにするのは簡単なことだった。
衝動的な告白をしたあの日。
口元を覆いながら、驚き失望した敦賀さんの表情を思い出す度、背筋が凍るほどの絶望感に苛まれる。
何度か敦賀さんから着信があったけれど、私は決してその電話に応えることはしなかった。
改めt引導を渡される勇気がなかった。
あんなに恋や愛を否定しておきながら、以前にも増して深みに嵌っていた私の姿はさぞかし無様だっただろう。
いっそ、敦賀さんの番号を携帯電話から消してしまおうかと停滞電話を開く。
画面に映る『消去しますか』との確認メッセージが表示されるたび、どうしても『YES』に触れることが出来なかった。
電話が鳴ることへの不安と恐怖。
それでも敦賀さんとの繋がりをすべて断ち切ることが出来ず、着信を拒否することさえできなかった。
敦賀さんからの着信には音を鳴らさないように設定することが精一杯だった。。
履歴に残る敦賀さんからの着信を知らせるメッセージ見る度、携帯電話の画面にいくつもの雫が落ちた。
数日続いた敦賀さんからの電話も、一週間を過ぎるころにはついに途絶えた。
遂に愛想を尽かされたのかと納得する反面、寂しさや喪失感で押しつぶされそうになった。
自分はなんて身勝手なんだろう。
☆☆☆
「京子ちゃんおつかれさま」
「お疲れ様です」
今撮影中のドラマで共演している長谷川さん。
年は私よりも3つ上だけれど、デビューは同じくらいの時期。
ドラマの設定柄、随分と年の離れた大御所の方々が多い中で、私たち若手は自然と会話をする機会が多くなっていた。
「今日も監督にこってり絞られたよ」
肩や首をぐるぐる回しながらスタジオから出てきた長谷川さんは外に置かれた椅子に凭れ項垂れた。
すこし大袈裟な表現をする彼だけど、持ち前の明るさと人懐こさから、先輩俳優の方々や監督をはじめスタッフの皆さんともすぐに打ち解け、すぐにこの現場のムードメーカーになった。
私自身、この現場の居心地の良さに随分と救われていた。
私は備え付けられたカウンターでコーヒーを淹れながら、長谷川さんに相槌をうつ。
「おっ、俺の好きな味覚えてくれていたんだ」
「ふふっ長谷川さん、見た目に寄らずミルクたっぷりがお好みですよね」
そう言って差し出したコーヒーを一口飲んで、長谷川さんの頬が緩んだ。
「あれ?いつもより甘い……美味しい」
「お疲れのようですから、少しお砂糖多めにしてみました」
今日は本来なら屋外での撮影予定だったが、生憎の梅雨空のせいで朝からずっとスタジオに籠りきりだった。
「京子ちゃん、いい奥さんになるよ」
「ふふふ…いいお相手がいれば…ですかね」
チクンと胸に痛みを感じながら、何気ない冗談でかえす。
まだまだ、あの時の敦賀さんの表情を思い出すだけで、鼻の奥がツンと疼く。
「いつでも俺が立候補するよ。俺、結構優しいでしょ?」
「長谷川さんと結婚したら幸せになれそうですよね」
「まかせて。大事にするよ!……あれ?」
向かい合って言葉遊びをしていた長谷川さんの視線が私の背後に移り、彼が勢いよく立ち上がった。
「お疲れ様ですっ…敦賀さん!」
長谷川さんの口から出たその名前に、思わず振り向いてしまった。
「えっ……と、あれ?聞こえなかったのかな?」
そんなはずはない。
振り返った私と一瞬だけ目が合ったのだから。
ほんの一瞬だけ見えた敦賀さんは、眉を顰め何も言わずに立ち去って行った。
慌てて後ろを追いかける社さんだけが、申し訳なさそうに小さく手を振ってくれていた。
(こんなにも嫌われてしまったんだ…)
自分から避けていたくせに、無視されたことに勝手に傷ついて。
胸が痛くて痛くて、泣き叫びたい衝動を必死で抑えていた。