またまた間が空いたのに、しれっと投下です
三╰( `•ω•)╮-=ニ=゚。☆
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元カレ×元カノ
敦賀さんの家を逃げるように飛び出した翌日、追い打ちをかけるように上司の椹部長に告げられた内示。
近々大きなプロジェクトが始動することは社内でも噂になっていた。
そしてその企画を起こした会社が敦賀さんの働く会社だということも。
「大原君がいなくても君なら大丈夫。よろしく頼むよ、最上君」
椹部長の言葉はとても嬉しかった。
大原さんがいなくなって初めての大役。
なんとしてもやり遂げたい。
けど…
悶々と数日を過ごした後、ついに顔合わせの日がやってきた。
私は精一杯なんでもないような表情を作り、顔合わせに臨んだ。
事前に読み込んだ資料に書かれていたプロジェクトメンバーの中に、彼の名前を見つけた時から心の準備はしてきたけれど、やっぱりホンモノを前にすると胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。
ずっとずっと会いたかった。
もう二度と会いたくなかった。
声が聞きたくて仕方なかった。
その声で心を乱されたくなかった。
夢だと思って、思いの丈をぶつけて縋った幸せな夜。
目が覚めてそれが現実だと知った、絶望の朝。
全ての想いをその笑顔の下に隠して、私は彼に対峙した。
「最上と申します。よろしくお願いいたします」
深くお辞儀をした頭を上げて見上げた彼は、その切れ長の瞳を思い切り見開いて私を見つめていた。
☆☆☆
「ねぇ、それってナンパと何が違うの?」
流行りのアビスカラーを取り入れたエレガントな指先で、ストローを揶揄いながら氷を揺らしたモー子さんが私に問いかけた。
「え…っと…」
敦賀さんとの出会いは街で声を掛けられたから。
そう告白した私に対して放たれた直球すぎる指摘。
「ナンパじゃなくて…私が置き忘れた本を彼が拾ってくれてそれで…」
偶然彼も同じ作家のファンで、ついそこから話が弾み意気投合したのが私たちの出会いだった。
初めて会ったとは思えないほどの話の盛り上がりに、自分自身が驚くくらい。
彼の話はとても視野が広くて、同じ本の感想一つとっても私とは違った視点、感性を持つ彼の話しに私は夢中で聞き入った。
その日の別れ際、何となく名残惜しく感じていたのは私だけではなかったみたいで、彼と連絡先を交換した。
それから何度か二人で出かけるようになり、さりげない彼の仕草や思いやりに触れる度、少しずつ膨らんだ私の気持ちは、彼を好きだと自覚したころにはもう隠しきれないくらいに大きくなっていた。
一緒に映画を見に行った帰り、時間も遅いからと彼の車で送ってもらうことになった。
アパートの前で車が止まり、会話が途切れたと思ったら唇に柔らかいものが触れた。
それが彼の唇だと気づいたのは、ゆっくりと唇が離れて、彼が閉じていた瞳を開いた時だった。
突然のことに言葉が見つからず、ポカンと口を開けたままの私に、今度は深く深く口づけた。
狭い車内に響くのはお互いの息遣いと、舌を絡める時に洩れる小さな水音だけ。
ちゅっと音を立てて離れた唇を無意識に見つめていると、きつく抱きしめられた。
「部屋にあげてくれる…?」
吐息交じりの掠れた声に、私は彼の腕の中でただただ頷くだけだった。
「モー!なに一人で赤面してんのっ!そんな顔してるくせになんで別れたのよ!?」
「だって…怖くなったんだもん…」
物腰も会話もスマートな敦賀さんは、洗練された大人の男の人で、その色気には100人の女の人がいたら108人が絶対に好きになるような人。
なんで色気もないツルペタな私と付き合いしているのか不思議で仕方がなかった。
そんなある日聞こえてきた社内での噂話。
「今椹部長のところへL社から敦賀さんと社さんが来てるのよ!」
「えぇ!?私もお茶を出しに行きたかった~」
「お二人とも素敵よね」
「社さんはお婿さん候補って感じだけど敦賀さんは…」
「「一度は遊ばれてみたいわよね!」」
給湯室から聞こえてきたその声に胸の奥がぎゅうぅっと苦しくなって、そして…
「目の前が真っ赤になるくらいに腹が立ったの…」
「そんなの、人を好きになった当たり前だと思うけど?」
敦賀さんは私の彼氏なのに…
そう思った途端、自分の中に眠っていた黒い何かが動き出した気がした。
自分の考えに怖くなった私は、その気持ちに蓋をして見ない振りをした。
決定的な出来事は突然起こった。
その日は敦賀さんのマンションにいて、敦賀さんはシャワーを浴びにバスルームへと消えた後だった。
私は火照った身体にシーツを巻き付けて少し前までの情事の余韻を引き摺っていた。
翌週に迫った彼との旅行が楽しみで、ガイドブックを見ようと気怠い腕を持ち上げてベッドの横に置かれたサイドテーブルへと腕を伸ばした。
まだ少し力の入らない指先のせいで何かを落としてしまった私は慌てて拾い上げた紙片から目が離せなくなった。
それは一枚のポストカード。
青い空と白い雲、エメラルドグリーンの海が広がるその鮮やかな色彩のカードに書かれていたメッセージ。
『No matter how much time goes by, I love you. (いつまでも愛しているわ) 』
あの給湯室で感じた黒い何かがまた動き出した。
これ以上此処にいてはいけない。
震える腰を叱咤して、急いでマンションを後にした。
それから私は、敦賀さんからの連絡を一切断った。
「怖いのよ。自分の中の黒くて汚い部分が曝け出しそうで…」
私は逃げたのだ。
「どんな理由にせよ、はっきり決着をつけるべきね」
空になったグラスの氷をざくざくとストローで刺しながら、モー子さんは言った。