ミニドラマ④ー2
∞∞∞
京子が茶室で泣いた翌週、俺は体育の授業の後で京子に声をかけた。
「京子、お前のデオドラントウォーター貸してくれよ」
そう言って声をかけると、周りにいた女子達が少しざわついた。
そんな様子に嫌そうな顔をしながらも京子は自分のデオドラントウォーターを俺に手渡した。
「自分のは?」
「忘れた」
受け取ったデオドラントウォーターをその場で使い、京子に返す。
デオドラントウォーターを忘れたなんて嘘だ。
俺は制服に着替えると、いつもとは違うローズの甘い香りを纏わせながらある場所を目指した。
*∞*∞*
彼女が準備室を訪れなくなってから一週間が過ぎた。
まるで最初からいなかったかのように何事もなく流れる日常。
準備室の片隅にあるミルクと砂糖だけが彼女の存在を現実のものと伝えてくる。
昼休み、午前の授業を終え準備室に戻る。
ふと彼女のために用意した砂糖とミルクが目に入った。
(これも片付けないと……)
そう思って見つめていると、準備室の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
「………不破」
入ってきたのは不破だった。
整った綺麗な顔立ちに深いダークブラウンの髪がよく似合っている。
体育の後のせいか、シャツのボタンをふたつ開け、着崩してもなお何処か色気と品が漂うのは、彼の育ちによるものか。
「珍しいな。質問か?」
「はい」
「何処だ?テキストは持ってきているのか?」
「なんで京子にあんな事を言ったんですか?」
「…………」
予感はしていたが、いきなり核心をつかれて一瞬言葉が出てこなかった。
「本当はアンタもアイツの事が好きなくせにっ……。
好きな女、泣かせてんじゃねぇよっ!!」
俺に詰め寄った不破から漂ってきた香りに、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が走った。
(彼女の香りだ)
「アンタがそういうつもりなら、俺がアイツを貰うぞ」
そう言い捨てて、不破は準備室から出て行った。
ショックだった。
彼女が泣いたことも…。
不破から彼女の香りがしたことも…。
∞*∞*∞
「おおっ、丁度良かった。この資料を数学準備室に運んでくれないか?」
タイミングが悪いことは重なるもので、放課後、クラス当番だった私は担任に日誌を届けに行ったついでに用事を言いつけられてしまった。
(よりにもよって、数学準備室……)
あの日以来、準備室には行っていない。
告白する前に振られた上に、直後に『好きです』と書いたメッセージカードを渡してしまうという失態をはたらいたのだ。
重い足をひきづりながら、どうにか辿り着いた準備室の前。
(先生がいませんように)
そう願いながらノックをするが、私の願いは届かなかった。
「はい」
中から聞こえる大好きな人の声に、胸を締め付けられながらも思い切って扉を開ける。
「失礼します。資料を持ってきました」
「あ、あぁ……」
「…………」
気不味い空気が流れる。
沈黙に耐えられなくなった私は、先生の横をすり抜け、机の上に資料を乗せると踵を返し早々に準備室を出ることにした。
「待ってっ…!!」
「っ!!?」
∞*∞*∞
彼女が急いで部屋を出て行こうとする様子に慌てた俺は、咄嗟に彼女の腕を掴んでしまった。
「……なんですか?」
「いや……」
無意識に起こした己の行動に、自分自身戸惑っていると、ふと彼女から漂ってくる香りに昼間の事を思い出す。
『アンタがそういうつもりなら、俺がアイツを貰うぞ』
彼女の腕を掴んだ手に、思わず力が入る。
「…不破と…付き合ってるの……?」
「え……?」
彼女は驚いた表情の後、辛そうに瞳を潤ませた。
「先生には関係ない「あるよ!」」
彼女の言葉を遮って、腕の中に包み込む。
「彼と同じ香り、させないで……。
都合のいい事を言ってるのは分かってる」
「先生……」
「好きだ」
声にもならないような掠れた声で囁いたが、腕の中の小さな肩が震えたのを感じ、彼女にも聞こえたとわかる。
彼女の震える細い腕が俺の背中に回ったのを感じた。
それが彼女の答えと受け取り、俺は自分の腕に力を込めた。
∞∞∞∞***∞∞∞∞
ドラマはこれで終わりです。
長かった長編も次で終わる予定です。