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青空の下、放課後の校庭。

サッカー部キャプテンの光は、部員に指示を出しながら、自分自身もボールを追いかける。

3年生の光は次の試合を最後に引退する。
高校生活の3年間、放課後の殆どの時間を部活に費やした。
小学生の頃からサッカーチームに所属し、いつかはプロになりたいと必死に練習に打ち込んできたが、プロへの道はやはり狭き門で、高校にあがるまえには、それは夢のまた夢だと思い知った。
それでもサッカーが好きで、自分の生活の一部となっているため、高校に入っても辞めることなく日々ボールを追いかけていた。
サッカー部のキャプテンともなれば、やはり運動部の花形な上、その甘い顔立ちと誰に対しても分け隔てなく接する態度、穏やかな雰囲気で校内の女子からの人気は高かった。

そんな光が誰からの交際の申し込みも受けなかった理由はただひとつ。
1学年下の後輩、京子の存在があったからだ。 


「光先輩、お疲れ様です」


練習後、校庭脇の水飲み場で水分を補給し、デオドラントウォーターを使い汗を退かせていると、後ろから声をかけられた。


「京子ちゃん!」


声をかけてきたのは、光の想い人である京子。

2年生に進級したばかりの頃、生徒会役員の友人から入学式の手伝いに駆り出されていた光は、校庭の桜の木の下で1人の少女を見かけた。

新しい学校、新しい制服、新しい友人。
期待に胸を膨らませた新1年生の中で1人だけ、少女は静かに満開の桜を見上げていた。
茶色いショートカットの髪と、透き通るような白い肌。
光には彼女が桜の精のようにも見えた。

思わず光が見惚れていると彼女に1人の男子生徒が声をかけ、二人は連れ立って入学式が行われる校舎へと入っていった。

一目惚れだった。

その後、偶然にも彼女の親友と光の親友が交際していることがわかり、そのことをきっかけに光は、少しずつ親しく会話をしたり、二人で下校することにも成功していた。
入学式の男は彼女の幼馴染で、彼氏ではないこともわかった。

「京子ちゃん、今から帰るの?」

「はい。授業で解らないところがあって、質問してたらこんな時間に……」

「そ、そう……。じゃあ、一緒に帰らない?
俺も今から帰るところなんだ」

「はい。先輩が着替えるの、待ってますね



恋に奥手な光の、精一杯の誘いに京子は笑顔で答えた。

急いで部室に戻り着替えた光は、デオドラントウォーターでもう一度汗をひかせ、急いで校門へ向かう。

校門に立つ京子を見つけ光は駆け寄ろうとするが、彼女に視線の先が気になりそちらを見る。


(あ………)


そこには若い数学教師の姿があった。

ふと確信めいた考えが光の頭に浮かんだ。
あの視線には憶えがある。
自分の親友と彼女の親友。彼らは交際前、今の京子と同じ瞳で相手を見ていた。

それまで急いていた気持ちが一気に鎮まり、静かに彼女の元へ寄る。


「あ、光先輩」

「……おまたせ」


京子に心の中を気づかれないように、精一杯の笑顔で笑いかける。

嬉しいはずの彼女との帰り道、どこかぼんやりと彼女の声を遠くに聞きながら歩く。

彼女が自分に特別な感情を持っていないことはわかっていた。 
それでもいつかは……と抱いていた希望は、今日脆くも崩れ去った。
それでも……


「光先輩?」

急に立ち止まった光を不思議に思い、京子が振り返る。


「君が…、好きなんだ……」


夏の夕暮れの風に乗って、さっき部室で使ったデオドラントウォーターのミントの香りが光を包んだ。


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∞∞∞∞***∞∞∞∞

今回は光くんverのミニドラマです。
お察しのとおり、【ふたつめの扉】は光くんとのお話がメインです。