サボりすぎないようにつける日記
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フランク・ディケーター,毛沢東の大飢饉,草思社,2011

84ページまで既読

一番驚いたことは、大躍進政策の科学からの乖離の甚だしさである。

「これは新技術なのだ。おまえらにはわかるまい!」(同書,p84)
と言いながら、苗を過剰に密植させて植える。その根拠はどこから来ていたのであろうか。p84にはそれについて毛沢東が「仲間が一緒ならたやすく成長できる。一緒に成長すればより心地よいだろう」と説明したと書かれている。この方針が、毛沢東の完全なる思いつきであり、粛清を恐れて誰も反論出来なかった結果なのだろうか。それとも、農業を司る共産党の部署が能なしだったのだろうか。
どちらにせよ、正確な技術、「効率的」の欠如というものが何よりも致命的であったのではないかと感じた。そして、その穴をプロパガンダや恐怖政治を使って補強した精神論で補っていたのだ。食料や労働力の過多など効率性を考えない工事や、計画が浅はかで完成しても使い物にならない灌漑工事などがその結果である。そして、また例えば農業の過剰な密植に対するプロフェッショナル―農家の人々の改善案、警告は長年の実践に基づいたものであるにもかかわらず、右派保守的な発言とみなされてしまうという、その政府の盲信というか、持論の根拠への疑問のなさはとても不思議と感じる。

また、スターリンと毛沢東の話もとても興味深いものである。
スターリンがそれほどまでに毛沢東を信用せず、むしろ蒋介石を支持していたのはなるほど、というところである。
スターリン生前の毛沢東の立場と、死後、フルシチョフの時代の立場との大きな変化も政治の派手さ、というか、爆発性というか流動性を鮮やかに表している。


ここまで読んでみて、共産主義について自分はとりわけなんとも思っておらず、今日の日本で幸せに暮らしているということを先に確認しつつ次のようなことを考える。大躍進政策は、幾つかの原因で大失敗に終わったが、日本の追いつけ追い越せの富国強兵と目標は同じであり、政策の性格自体は悪くないのではないか。
大躍進政策の失敗の原因の中心は
・当時の中国に技術やノウハウがなくその上科学に基づく方法にも興味をあまり示さなかったこと
・目的のためには効率性が大事なはずなのに、精神論でそれに関する思考を停止させたこと
・過度な暴力、粛清による人材の萎縮
の3つと考えた。

しかし、このようなとてつもなく大きな政策を実施するには、3つめのようなことで反対派や人民を完全に黙らせる必要があるだろう。効率性について考え、科学についても心得があるならば、村民を全員狩りだし、四六時中働かせるようなことは間違いであり、"大"躍進政策である必要はなく、より現実的で長期計画のものになるだろう。
よって、大躍進政策とは、その動機自体は確かに純粋な愛国心からきているものかもしれないが、政策は根本的に初めからまちがいであった。

適当に

部屋きたねえ

なんというか、行動方針が、いろいろ貯めてめんどくさくしてしまうような形になっているかもしれない

・部屋の掃除

・パソコンの場所移動?
=勉強をもっとぱっとできる場所へ。。。

・本の収納場所、取り出しやすい場所確保

・教科書置くところ

・服入れるところ

どうすっかな

ちょっと具体的にもう一回どういう人間になりたいのか、ということを考えなければいけないね。

あと、部屋が勉強できない環境なのはとてつもなく問題だよね。
一番いやすい空間がパソコンの前(椅子、机の設備的な問題で)ってのはもう終わってるよね。
お部屋のインフラ整備が急務です。

ちょっとマックで考えてきます