「ねぇ、あなた。死んだ訳じゃ無さそうね。」
「ここに何しに来たの?」
声の主である女性は真っ黒なドレスの様な衣服を纏っていた。それが余計に白い肌を目立たせ、彼女の美しさを引き立てる。
「ねぇってば、大丈夫?」
呆気にとられてる僕を不思議そうに見つめている。
「はっ、はい!大丈夫です。」
「それよりもその…あの、お姉さんは一体…?」
「私…?私はエレシュキガル。ここ、冥界の神様です。」
彼女はごく当たり前かの様な表情で告げる。
エレシュキガル。どう考えても日本人の名前じゃない。
それに冥界って?
神様って本当に実在するの?
「あなた。まだ死んでないのよね?だとしたらここはまだあなたの来る場所じゃないわ。」
「今来た道をそのまま引き返しなさい。」
「今ならまだ戻れるわ。」
一人で困惑する僕にそう言って、彼女は背を向け立ち去ろうとする。
「待って!!」
「「あのっ!お姉さん、僕と結婚して下さい!!」」
勝手に口から出た言葉に自分でも驚いた、でもそれ以上に彼女が驚いていたのだ。
立ち去ろうとしていた背中は振り返っていて、先程までの落ち着いた雰囲気は無く。顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「えっ…?あ、あの結婚…って?」
「わ、私は神様で 君 はただの人の子だし…!」
「それにお互いの事だってまだ全然知らないし…」
顔を赤らめて言葉を濁す姿は先程までの美しさとは別の可愛らしさがあった。
それから僕達はしばらくお互いの事を話し合った。
どうやらエレシュキガルは本当に女神様らしい。信じ難い話だが、普段は死者の魂に触れながら、冥界と呼ばれる死者の世界を管理しているのだそう。
本来は自分みたいな生身の人間がやって来ることはとても稀らしく。それに迷い込んだ人間は彼女や冥界、そして死に怯えるばかりだそう。
「本当に退屈なの。魂とはこうやって会話も出来ないし、目を合わせる事も出来ないもの。」ただ触れるだけ、そこには意思も感情も何も無い。
エレシュキガルは寂しそうな顔に表情を浮かべる。
「あのさ、じゃあ僕と一緒に外に出ようよ!冥界を出てさ!一緒に…」
そう言いかけた時、彼女が更に寂しそうで、悲しそうな表情を浮かべている事に気づいた。
エレシュキガルはこの世界に生まれた時から冥界の女神として祀られ、その役目に縛られている。故に外に出る事は一切許されず、彼女の足首をよく見ると鎖の様なもので繋がれている。
「ありがとう。気持ちは嬉しいわ。」
ただその一言だけを僕に向けた。
その後しばらくお互いに無言が続いた。自分には到底計り知れない運命を背負っていた彼女にどんな言葉をかければ良いかなんて当時の自分には分からなかった。