「北川翔太」

                      (1)

「雄太もおつかい?」

多分、僕が初めて「北川翔太」と喋ったのはママから卵を1パック頼まれた夕方の20km渋滞中のレジコーナーだった。

「う、うん。えっと・・・

でも声をかけられた僕は戸惑いを隠せなかった。

だって、緑のベンチコートを限界ギリギリ鼻の辺りまでファスナーを上げた北川翔太の姿と声に反応できても彼の名前をどうしても思い出せなかったんだ。31人のクラスメートを思い浮かべたとき必ず名前が抜ける存在だったから。

僕は北川翔太におもわず言い訳の言葉を取り繕う。

「えーっと、君もおつかい?んーっと、うん。ほらクラス替えして間もないからさ、えと」

「北川翔太。雄太、もう10月だよ。クラス替えから半年もたってるのにひどいよ」

「あはは、冗談だよ。北川翔太も卵を買いに来たんだ。やだよね、卵のお使いって、僕いつも割っちゃうんだよ」

「雄太はきっと買い物袋を振り回して走るからだよ。ゆっくり歩けば簡単だよ」

「へー、しっかりしてるね。北川翔太は!」

「雄太も出来るよ!それに雄太は俺よりいいとこたくさんあんじゃん」

「クラスメートの名前を覚えていない僕の方が?」

「ひどい、マジで忘れてたんだ。やっぱさっきの言葉取り消し」

その後、スーパーを出た僕は北川翔太の忠告なんて忘れてぶんぶん買い物袋振り回して帰ったけど不思議とその日は1つも卵は割れていなかった。


                      (2)

翌日、僕は教室に入ると真っ先に北川翔太の姿を探した。褒められたからな
訳じゃないけど、彼とはなんとなく気が合いそうな気がしたんだ。

「まだ、北川翔太は来てないの?」

サッカーボール片手にグランドへと飛び出す準備をしていたタケルに尋ねてみる。

「ん、北川翔太?誰それ?行こうぜ」

「ひどい。クラス替えして半年もたつのにー。登校したらサッカー混ぜてやろうよ」

「よく分かんないけど、ぜんぜんいいよ」

グランドへ出てしばらくは緑のベンチコートが登校して来ないか正門を眺めていたけども、授業のチャイムが鳴る8時15分になっても結局北川翔太は姿を現さなかった。

授業が始まり、担任が出欠を取り始める。僕はぐるりと教室を見渡す。最後列の窓側。ポツンと1つだけ置いてある机。多分、あそこが北川翔太の席。

「先生、北川翔太は欠席ですか?」

担任は笑みを浮かべ小首を傾げただけで出欠を続けた。

ひどいや、先生も北川翔太の名前を忘れているじゃん。

放課後になって僕は、ある思いつきをした。今日欠席した北川翔太にプリントを届ける当番を先生にかってでよう。普段なら面倒な役回りはしり込みするけど、なんだか北川翔太の事が気になったんだ。

でも、思いつきを実行に移すため向かった職員室へと繋がる渡り廊下。ふと見下ろした中庭。そこに池の前で佇む緑のベンチコート姿が視界に入った。

「おーい北川翔太!今頃、学校来たのー?」

「雄太、やっほー。ひどいなー、朝からいたじゃん。それより今日の雄太すごかったね!苦手だった分数の問題、解けるようになってた」

確かに僕は算数の時間、先生に褒められた。けれでもその場に北川翔太はいなかったはずなのに。

北川翔太の存在が疑問になった僕の頭の中はハテナだらけになる。

「どうしたの雄太?俺を見る目がお化けになってるよ」

「お化けなんて思ってはないけど・・・なんで?」

僕の問い掛けに北川翔太はとびっきりの宝箱を開けた時のような笑顔で答えを返してきた。

                                                                            (つづく)