炭酸びんぼうラムネ~スイス銀行の章
「俺はスイス、スイスの口座に貯金してあるからね。だから大丈夫、まだまだ負ける事が出来るよ」
今日も4万円ほど負けている常連のハルさんが、店長、店員、常連、一見の客、そしてホールを見回るセコムにまでお馴染みの強がりを吹聴し始めている。オカルトの代名詞的存在「ハマリ台の吹き返し」のみを狙い続けるハルさんの勝率は、ハタから見ても心配になるくらいに低迷している。多分、勝率は1割を切っている・・・。僕は、携帯片手にこっそりと手帳を開く。自らの収支表の最後に記している「◯」と「×」。
40日前。ある出来事をきっかけとして、僕はハルさんの勝敗も記録に残す事にしたんだ。3勝37敗。今日も負けたから3勝38敗。0割7分9厘。携帯でハルさんの勝率を弾き出した僕は、いよいよ心配になった。もうスイス銀行の話を聞き流している場合じゃない。ハルさん、いよいよヤバイわ。
第998話「定期代」
【ハルさんはスイスの口座に金がある】
本気で信じていた事もあった。ハルさんは僕が記録を付け始めるずっと前から負け続けている。それでも毎日パチンコ屋にやって来る。それは、スイスに口座があっても不思議じゃないほどだったから。
でも見てしまったんだ。朝の整理券配布時のヒトコマ。喧騒とした空気を引き裂いた絶叫。
「ウチにはもう、何も無いんだからね。・・・何も無いの。いい加減働いてよ、パパ!」。涙を流しながら、整理券でひらひらと頬を扇ぐ、ハルさんの腕を引っ張る女の子。明らかにハルさんの娘。それはギャンブル狂いの父親像と、崩壊した家庭の縮図だった。
「大丈夫、紗英ちゃん。スイス、パパにはスイスが」
ハルさんのスイス銀行節もさすがに歯切れが悪かった。
「定期代返せ、バカ」。娘の呪詛。定期代。定期代。・・・あの日から僕はハルさんを心配するようになったんだ。だって僕も苦労したからさ、生活費全てを娯楽に注ぎ込む親父にさ。・・・僕は、相変わらず一昨日スイスから送金されたから話をセコムに吹いているハルさんの肩を、意を決して掴んだ。
「ハルさん、明日は僕とノリましょう。スイスのお金より、まずは定期代です。僕がハルさんを勝たせます」
翌朝、2番と3番の整理券を握りしめハルさんを待つ。
「おはよう・・・すまんな、義弘君」
バツの悪そうな表情で現れたハルさん。僕は毅然とした態度でハルさんに指示を出す。
「今日は僕に任せて下さい。昨日、0ゲームヤメのジャグラーが3台有りますから。まずは千円、できれば2千円ずつハイエナして行きましょう」
僕も世間一般ではオカルトと呼ばれているらしい。
(スイス銀行の章~おしまい)
『今日勝って勝率1割に復帰』
僕の理論はハルさんとは違う。投資のかさむハマり台狙いとは別物。ジャグに限らず浅いゲーム数は積極的に狙って行く。「ほら、ハルさん!そこのツインエンジェル12Gヤメ!」…僕がスイスに口座を持つ日も近い。
(おしまい)