万人家
蟹工船物語
「あの冷蔵庫、欲しいなあ。今日出たら交換して帰ろうかしらねえ」。スロットの機種のキャラクターや筐体をモチーフにした小型冷蔵庫。周囲を見渡せば他にも魅力的な品物はざくざく用意されております。カウンター付近に陳列されている様々な景品。
菓子類、日用雑貨から始まり各種ブランド品、ヌイグルミ、新譜のCDやDVD、果てはカタログで嗜好品や地域の名産品をお取り寄せ出来るサービス迄登場。充実した品揃え。ホールに於ける景品の品揃えはここ数年、目まぐるしい勢いで変化を遂げました。
「昔はどの店行ってもお菓子と缶詰ぐらいしか無かったのに」。十五年遡ればホールで特殊景品以外の商品は埃を被ったひげ剃りやラジオと言った電化製品や、お馴染みの缶詰ぐらいの物しか用意していない店舗が殆ど。この商品が欲しいから、今日は頑張ろうかしらなんて遊戯に励む客は皆無に等しかったのでございます。そんな時代、品揃えの乏しいホール事情にビジネスチャンスを見出し全国津々浦々のホールを駆け巡って商品の売り込みに帆走した人物がいた。
「蟹工船~蟹で儲けた男たち物語」
数年前からお会いしたかった。兼ねてからお話を一度聞いてみたかった人物。ホール専門に商いを展開して御殿のような屋敷を立てた英傑。先見の明に抜きん出た時代の寵児。元景品納入業者社長「ガネ」さん。話がお聞き出来るとは思いもしなかったところに知人の一言。
「ガネさんなら、今日会わしたるわ。あのおっさん、飲み仲間やねん」。飲み仲間?なにそれ、その釣りバカ日誌スーさん的存在。飲み仲間もなにも、あんたが常連で通う店みんな安いとこばっかりやんけ。半信半疑に聞き返すワシに返した知人の言葉に納得。
「アホか、お前、金持ちほどケチやねん。ケチやから金持ちやんけ」。よう分からん論理に何となく納得。
二人で向かった串カツ屋。
「ガネさん、こいつが話聞きたい言うねんけど、あの蟹の話してやってや。本に書きたいらしいで、蟹の話」。うん?蟹の話かいなと振り向く男性、想像してたガネさんと違うがな。テーブル席に陣取って幸せそうに玉ねぎ串を頬張りビールで流しこんでいる恰幅の良いねじり鉢巻きの姿。だ、大工さんかと思うたがな。横には金槌やら入った工具箱投げ出して職人演出しちょるし。工具箱に視線を泳がしたワシにガネさんが嬉しそうに喋る。
「日曜大工の帰りやん、今日火曜日やけど」。蟹の為にここぞとばかりに大爆笑。
「センスないわ兄ちゃん、この程度のギャグで笑うてたらあかん」。あらま。
「んで、また蟹の話なん?この話は人気あるなあ、笑えるとこは無いのに。兄ちゃん、それでもええのか、覚悟は出来とるのか。・・・吉本新喜劇の話より、ほんまに蟹でええねんな、吉本じゃなくて」。はい、喜んで、蟹ちゃんの方で宜しくお願いします!!
「残念やなあ、ほんなら、先ずは蟹の話の前に景品交換の話からやな。・・・ワシの事を蟹で儲けた、蟹で儲けたとまるで蟹ちゃん一辺倒の人間みたいに言うけど、ワシはするめちゃんでも儲けたんや。まあ、それはなんら他の景品参入と変った事はしてないんやけどな」
こうして、景品納入会社元社長ガネさんのお話は始まったのでございました。
蟹の話の前にするめちゃんの話。
ワシが話すのはあくまでも、15年前当時の話やで。今は随分、様変わりしてるかもしれんし、そのままかもしれん。なんにしろ、昔の話って事で書いといてや。健全化を推進する業界のイメージを損なったらいかんからな。今はただの日曜大工に成り下がった男の戯言や。昔の話やで。
ガネさんの御殿を建てる屋敷人生の始まりは、「するめ」の在庫を抱えた所から始まる。勤めていた会社が不渡り倒産、未払い分の賃金として現物支給されたのが駄菓子屋に下ろしていた倉庫で眠る大量のするめだった。
「するめじゃ、生活出来へんで」。路頭に迷うガネさんに救いの手を差し伸べた人物。
「なら、自分の店でそのするめ使うたるわ。端玉景品としてするめ使うたる」。親戚のホール経営者。この縁でガネさんは景品納入会社としての道を踏み出す事となった。
「へえ、ほんでそのするめが全部売れてめでたしですか。けどするめじゃ、幾らにもならないんじゃないですか」
「まあ黙って聞きなされ、んでここでノウハウ言うかこの商売の可能性を見出したワシは新たな納入先として新規ホールの開拓に奔走するようになった、抱えてたするめはとっくに捌けて新たなするめを買う立場にまで成長してた訳や。中小規模の店舗でこれだけ捌けるんやから、これが大型店ならと当然考えるわな。新規出店の予定地を探しては足繁く通うて納入する店舗を増やす日々の始まり」
「そんな簡単にするめを置いてくれるもんなんですか?」
「競争や、競争。それぞれの業者で金の積み合いからよーいどんや。それぐらい利幅がでかい商売なんや」。生々しいけど甘美な表現、銭の積み合い。
「ホールの決裁権を握る責任者に提示する額で納入業者が決まる勝負どころ、ここで日和見に走る奴は向いてない、後に手にする莫大な利益を考えたらせこい算盤は弾いたらあかんよ、公共事業の談合とは訳が違うんやから。向こう一年の採算は度外視にしてでも張り込む・・・一千万単位やな」
ガネさんは繁盛店に新規参入する場合は、最低でも二千万は支払うと言う。するめ置かせて貰うだけで二千万?眉つばものの表情を浮かべるワシにガネさんが続ける言葉。
「あの当時、この地域の最低換金額は一律五百円からやったやろ。交換率はパチンコ42玉、メダルは7枚交換以下が標準。210玉以下は全て、端玉景品用の品物に変わる。それに煙草に変えてくれる親切な店は少なかったやろ」。確かにあの頃、煙草取るのは自動販売機だけで端玉を煙草に変えてくれる店舗は稀やったかもしれん。
「やろ、そしたら何に変わった。・・・ノーブランドの菓子や駄菓子、ワシらが納入する品物や。ひとりひとりの客が出す平均105玉、420円相当の余り玉と引き変える品物の原価は10%前後。それをホールに160円で買うて貰えるんがワシらの利権や。ホールはその品物で客の420円を巻き上げて儲ける。繁盛店になったら、それこそ日単位で何百人の交換客や。当時は一回交換やらラッキーナンバー制が主流やしな、同じ客が何度も交換に訪れよる。するめちゃんの箱を店に置いとくだけで黙って一か月130万、一年1600万」。ガネさんが謳う金勘定。めっちゃぼろいやん。なんてぼろい商売や。
「な、するめちゃんでも儲かるやろ。初めに金の積み合いになる意味も分かるやろ」
こうしてガネさんはするめで儲けた金をするめで雪だるま式にどんどん増やした。
「それでもいくら、金の積み合いに勝ち進んでも納入先は頭打ちになる。ほなどないしよか?商品勝負や、金積まんでも向こうから置いて下さいと頭下げてくるような魅力ある商品の提供やがな。こんな当たり前の発想に誰も気付かん時代やったんや」
「それが、蟹ですか」
「そうや、それが蟹ちゃんや」
(つづく)