「わぁ、けいちゃん!見て見て、懐かしくない?」
そう言いながらはしゃぐ彼女の見つめる先にはパチンコ屋。そのまま更に目線を辿ると『桃太郎電鉄』のキャラが描かれたのぼりが掲げられていた。へぇ、懐かしいな。ついに桃鉄もパチンコになったのか。
桃鉄、正式名称『桃太郎電鉄』と言えば僕らが小学生の頃から、いや、もっともっと昔からある人気ゲームだ。内容は簡単に言えば双六に人生ゲームを組み合わせたようなもので、プレイヤーは各自がそれぞれ一企業の社長となり、他社と競い合いながら自分の会社を発展させていく。サイコロをふってマップ上を進んで行くのが双六の部分で、その道中で様々なイベントを行い物件を買いつつ資産を増やしていく所が人生ゲームの部分。ただし、双六とも人生ゲームとも違う所は、このゲームにはいわゆるゴールという物がなく、決められた期限内でどれだけ資産を増やせるかを競うという部分である。
「なつかしいなぁ、みんな自分の家からコントローラーを持ち寄ってさ・・・」
「小さい頃は男の子の間で流行ってたよねー。私は家族とやってたなぁ」
このゲームのいい所は複雑な操作を求められないゲーム性から、老若男女誰もが気軽にプレイできる事であった。僕らが子供の頃は人が集まる家にはこれが置いてあるのが常識であったし、大人になったら大人になったで今度はお金を賭けて勝負する『賭け桃鉄』なんかもやったりして、とにかく、世代を問わずに楽しめる名作ゲームなのだ。
その桃鉄が、パチンコになったとは見過ごすわけにはいきまへん!
「美香ちゃん!」
「うん」
彼女もまた、同じ事を考えていたようだ。誰の心にも訴えかける国民的ゲームか・・・。僕は改めて桃鉄の偉大さを痛感する。かくして、僕らの今日のデートはパチンコ屋と相成った。
「ははは、見てよ、ボンビーの顔だ」
まず、液晶の上にでっかく配置されたキングボンビーの顔が目に入った。キングボンビーとは桃太郎電鉄にはかかせない主要キャラクター。名前の通り貧乏神がモチーフなわけだけど、考えてみるとパチンコという題材で貧乏神をメイン扱いするというのもなかなか冒険だよなぁ。実際、桃太郎電鉄のゲーム内では「貧乏神をいかに避けるか」という戦略が要求されるのにこれでは避けようがないじゃないか。これはメーカーからのブラックユーモアなのかもしれないなぁ。
ちょうど二台隣合わせで空いていたので二人で座る。
「とりあえず打ってみようか」
「うんっ」
何が熱いのかさっぱりなので、まずは回す。回す。回す。
「・・・回らねぇ」
千円入れて11回転。なんだこれは?ここは等価なのか?いやいや、等価にしても酷すぎる。これはこのまま打ち続けたら酷い事になるぞ・・・。打ちたいけれど、ヤメなくちゃ。
(・・・とは言え、ムラかもしれない。もう少し様子を見よう!)
作品に思い入れのある機種はこれだから厄介だ。多分ムラなんかじゃないんだろうと薄々気が付いてはいるのにも関わらず、ついついもう少しと引っ張られてしまう。これでCRジョジョの奇妙な冒険なんて出た日にゃあ僕は自分を抑えられる自信がないよ・・・
「け、けいちゃん、4出た!4出たよ!」
僕が人知れず負け組っぷりを発揮していると、隣で美香ちゃんが騒ぎ出した。4?なんのこっちゃ。
「あっ!」
彼女の台を見ると目的地まで残り4マスと書いてある!そうして、サイコロの出目が4!
「すごいよ美香ちゃん!目的地到着するじゃん!これ、当たりじゃないの!?」
「えへへ。今日は豚足だね」
僕と美香ちゃんは大当たりを確信した。打ち出しを止め、「鉄板であろうリーチを温かい目で見守るタイム」に突入だ。パチンコを打っていて一番幸せな瞬間。
「確変だといいね」
「うん。でもさすがにそこまで頼むのは贅沢過ぎるよね。うふふふふ」
さて、なぜ僕らが当たりを確信したかと言えば、この機種の元となってる桃太郎電鉄というゲームを知っていたからに他ならない。このゲームは先に書いた通り双六をベースに作られているわけで、資産を増やす事もそうだけど、目的地を目指す事も同じくらい重要な点として挙げられるのだ。ゲームの終了条件が「時間」であるため、目的地に辿り着いたから勝利が決まるというわけではないけれど、それが一つの区切りになっているのもまた事実。言わば「目的地」というのはゲームの鍵と言っても過言ではないのだ。これだけ重要な演出を使うのだから・・・・当たらないハズがないよね?そういう思考回路。しかし。
「・・・え?」
サックリはずれた。
「・・・え?え?」
当たるものだとばかり思ってたいたからそのショックは通常の二割り増し。美香ちゃんは次の保留が消化されてもまだ口を開けてポカーンとしていた。だけど隣のお兄ちゃんは特に驚いた様子も無いように見える。彼からは美香ちゃんの台の演出は見えてたハズだし、それで驚かないって事はもしかして・・・これ、割と普通の事なのか?
「ちょっとぉ!これがハズれたら一体何が当たるのよ!!」
ようやく意識を取り戻した美香ちゃんは千円ずつ投資していくいつものスタイルを崩し、いきなり一万円札を投入し始めた。まずい!これは彼女が全ツッパするときのクセだ。
「こうなったらどうすれば当たるのかトコトンまでやってやろうじゃない!」
ここまで熱くなる彼女を見るのは久しぶりだ。よほど桃鉄に思い入れがあるのだろうか?
(はぁ・・・)
幼き日、彼女と桃太郎電鉄の間に何があったのかは僕には興味がないけれど、休憩所で自分の彼女がキングボンビーになるのをひたすら待つ時間は想像以上に気が滅入るのでありました。
(おしまい)