Stray Cat,s Stories
~Shinnjuku Kabukichou 佑輔カジノ
第2話「のらねこFile①テレクラティッシュ配りのジュリー」
テレクラリンリンハウスから出てきた一目で見ておかしな男。ラジカセの女性に負けていない異様なテンション。
男がスキップして歩くそばから、紙袋に詰め込み過ぎたポケットティッシュがぽろぽろとこぼれて行くのが遠目にも伺える。拾う素振り無く、人ごみを跳ねながらかき分けて行く。まるで無頓着なこの行動。求めていた。この種の人間。詮索無しにぼくの指輪を売ってくれるタイプ。追いかけろ。スキップする男との距離を少しだけ保ちながらついて歩く。
男はまったく気にせずにずんずん靖国通りに向かって歩く。途中、思い出したかのように足を止めると、何の前触れ、脈絡もなく奇声に近い大声を上げて通行人の頭上からティッシュを振り下ろす。
「はい、テレクラーよろしくうーーー」。
いきなりティッシュでどつかれた通行人が後ずさりするも、男はテレクラよろしくを連呼しながら壁際に追い詰めてティッシュを握らせる。そしてまたずんずん歩き出す。男の後ろには、道しるべのようにポケットティッシュが白く点々と続いていく。ぼくはひとつだけ拾いまた男について歩く。
セントラルロードとモア二番街を結ぶ靖国通りの大交差点に差し掛かると男はやっと足取りを止めた。男はじっと信号機を見つめる。赤から青になった瞬間、交差点を右往左往、人ごみの中かいくぐり水を得た魚の如く、大声でテレクラよろしくを絶叫しながらティッシュを配り歩き始めた。信号が点滅しはじめると、近い方の歩道に戻りおもむろにぺたんと座り休息する。信号が変わる、男はダッシュで再び交差点につっこむ。テレクラよろしくの絶叫がリフレインされる。まるで、ボクシング。赤信号のインターバルで抜け殻の如く休息を取り、青信号のゴングでティッシュを両手にリングに飛び込む。
あほちゃうか、こいつ、なんでティッシュ配りでこのテンションやねん。ぼくの目には、ますますこの男が鴨に思える。手数料無しで指輪売りにいかしたんねん。
時折、顔馴染みらしい通行人の方から声を掛けられる姿を見て、男の仕事場は新宿駅東口と歌舞伎町を結ぶこの靖国通りの交差点で、そして毎日ティッシュを配っている事が想像できた。
幾度めかのインターバル、赤信号、セントラルロードの入口に店を出す磯辺焼き屋台の横のアスファルトで三角座りを始めた男にさっき拾っておいたティッシュを差し出した。
「これ、テレクラから出て来た時に落としてたで・・・」
まぢかで見た男の顔は形容のし難い造形をしていた。両目が左右にろんぱり、もみあげと髭はもじゃもじゃと繋がり、顎髭は山羊のように靡いていた。なのに、ぼくをきょとんと眺める薄茶の瞳はガラス玉のように透き通っていて、この男が大人なのか少年なのか良く分からない不思議な感覚に陥って言葉が詰る。次の言葉を紡げない僕に男は吃音気味の発声で口を開いた。
「あれれ、お、おれ、また落としてた。結構気をつけたんだけどね、これ大事な物だから、商売道具。お、おれ、おれさあ、知恵遅れなんだ、うん、ち、知恵遅れ、小学三年だって。えへへ、歳は34、去年は33だった、33、はいテレクラーよろしくーーさんじゅーうさーんー」
話の途中で信号が変わり、男は会話を置き去りにしてまたリングで戦い始める。信号が赤になっても、ぼくの横にはもう戻っては来なかった。ぼくの存在を忘れたかのように今度はモア二番街の車止めの前でずてんと横になって休憩している。意表を突き通しの会話、自由気ままな男の行動に圧倒されたぼくは声を掛けあぐねる。あいつに指輪売りに行って貰わんと祭りが楽しめへんのや、どないすんねん。浮かぶは単純な考え。男への差し入れ。真後ろのゲームセンター。紙コップ式飲料水の販売機。一番安い品物を探す。蛍光ピンクのポップが貼られたボタン。
「スターダスト特別価格10円メロンソーダ」。
迷わず、押す。合成着色料を水で割っただけみたいな緑色の液体が、いっぱいのクラッシュアイスの上にどくどくとカップに注がれる。ぼくはメロンソーダを抱えて男のもとへもう一度駆け寄った。
氷がたっぷり浮かんだメロンソーダの緑を見た男の顔がぱーっと屈託の無い笑顔に変わり、途端に冗舌になる。10円メロンは想像以上の効果を発揮した。
「メ、メロンソーダ、美味いよね。俺好きなんだ、えへへ、新宿の人間はさ、俺に世話になると差し入れしてくれんだよ、このメロンソーダ、えへへ。困った事があったら、な、何でも俺に言ってよ。お、俺、ここの顔だから、名前はジュリー、沢田研二好きなんだ。ジュリー、って皆に呼ばれてる・・・って事でこれから、よろしくーー」
新宿で一番最初のゴミみたいな友達。テレクラティッシュ配りのジュリー。ジュリーは十円のメロンソーダできっとなんでもやってくれる。
「ジュリー、さっそく困った事があるんやけど助けてくれへん」
さあ、のってこい。ぼくはすっかりジュリーに悩みを打ち明ける仲になった友達の顔を演じている。
「な、なに、さ、さっそく困ったの?いいよ、いいよ、な、なんでも言ってよ」
ジュリーの表情は十年来の友人からの相談を引き受けたように輝いている。アホや、こいつ。心の中、あざとく微笑んだ。こいつ、今まで何十人に利用されてきたんやろ。こんな人間が簡単に見つかるなんて、さすが新宿、軽いのりの街やで。金無くなったら、こいつの家に転がりこんだんねん。俺も利用させて貰うわ。まあ、指輪売れてその金無くなってからやけどな。ジュリーの家、汚そうやし。
「これを売りに行って欲しいねん、ジュリー」
ぼくはおかんの指輪をジュリーに見せた。ダイヤを見たジュリーの少年のような瞳が少しだけ濁った光を湛えた気がした。
(つづく)
~Shinnjuku Kabukichou 佑輔カジノ
第2話「のらねこFile①テレクラティッシュ配りのジュリー」
テレクラリンリンハウスから出てきた一目で見ておかしな男。ラジカセの女性に負けていない異様なテンション。
男がスキップして歩くそばから、紙袋に詰め込み過ぎたポケットティッシュがぽろぽろとこぼれて行くのが遠目にも伺える。拾う素振り無く、人ごみを跳ねながらかき分けて行く。まるで無頓着なこの行動。求めていた。この種の人間。詮索無しにぼくの指輪を売ってくれるタイプ。追いかけろ。スキップする男との距離を少しだけ保ちながらついて歩く。
男はまったく気にせずにずんずん靖国通りに向かって歩く。途中、思い出したかのように足を止めると、何の前触れ、脈絡もなく奇声に近い大声を上げて通行人の頭上からティッシュを振り下ろす。
「はい、テレクラーよろしくうーーー」。
いきなりティッシュでどつかれた通行人が後ずさりするも、男はテレクラよろしくを連呼しながら壁際に追い詰めてティッシュを握らせる。そしてまたずんずん歩き出す。男の後ろには、道しるべのようにポケットティッシュが白く点々と続いていく。ぼくはひとつだけ拾いまた男について歩く。
セントラルロードとモア二番街を結ぶ靖国通りの大交差点に差し掛かると男はやっと足取りを止めた。男はじっと信号機を見つめる。赤から青になった瞬間、交差点を右往左往、人ごみの中かいくぐり水を得た魚の如く、大声でテレクラよろしくを絶叫しながらティッシュを配り歩き始めた。信号が点滅しはじめると、近い方の歩道に戻りおもむろにぺたんと座り休息する。信号が変わる、男はダッシュで再び交差点につっこむ。テレクラよろしくの絶叫がリフレインされる。まるで、ボクシング。赤信号のインターバルで抜け殻の如く休息を取り、青信号のゴングでティッシュを両手にリングに飛び込む。
あほちゃうか、こいつ、なんでティッシュ配りでこのテンションやねん。ぼくの目には、ますますこの男が鴨に思える。手数料無しで指輪売りにいかしたんねん。
時折、顔馴染みらしい通行人の方から声を掛けられる姿を見て、男の仕事場は新宿駅東口と歌舞伎町を結ぶこの靖国通りの交差点で、そして毎日ティッシュを配っている事が想像できた。
幾度めかのインターバル、赤信号、セントラルロードの入口に店を出す磯辺焼き屋台の横のアスファルトで三角座りを始めた男にさっき拾っておいたティッシュを差し出した。
「これ、テレクラから出て来た時に落としてたで・・・」
まぢかで見た男の顔は形容のし難い造形をしていた。両目が左右にろんぱり、もみあげと髭はもじゃもじゃと繋がり、顎髭は山羊のように靡いていた。なのに、ぼくをきょとんと眺める薄茶の瞳はガラス玉のように透き通っていて、この男が大人なのか少年なのか良く分からない不思議な感覚に陥って言葉が詰る。次の言葉を紡げない僕に男は吃音気味の発声で口を開いた。
「あれれ、お、おれ、また落としてた。結構気をつけたんだけどね、これ大事な物だから、商売道具。お、おれ、おれさあ、知恵遅れなんだ、うん、ち、知恵遅れ、小学三年だって。えへへ、歳は34、去年は33だった、33、はいテレクラーよろしくーーさんじゅーうさーんー」
話の途中で信号が変わり、男は会話を置き去りにしてまたリングで戦い始める。信号が赤になっても、ぼくの横にはもう戻っては来なかった。ぼくの存在を忘れたかのように今度はモア二番街の車止めの前でずてんと横になって休憩している。意表を突き通しの会話、自由気ままな男の行動に圧倒されたぼくは声を掛けあぐねる。あいつに指輪売りに行って貰わんと祭りが楽しめへんのや、どないすんねん。浮かぶは単純な考え。男への差し入れ。真後ろのゲームセンター。紙コップ式飲料水の販売機。一番安い品物を探す。蛍光ピンクのポップが貼られたボタン。
「スターダスト特別価格10円メロンソーダ」。
迷わず、押す。合成着色料を水で割っただけみたいな緑色の液体が、いっぱいのクラッシュアイスの上にどくどくとカップに注がれる。ぼくはメロンソーダを抱えて男のもとへもう一度駆け寄った。
氷がたっぷり浮かんだメロンソーダの緑を見た男の顔がぱーっと屈託の無い笑顔に変わり、途端に冗舌になる。10円メロンは想像以上の効果を発揮した。
「メ、メロンソーダ、美味いよね。俺好きなんだ、えへへ、新宿の人間はさ、俺に世話になると差し入れしてくれんだよ、このメロンソーダ、えへへ。困った事があったら、な、何でも俺に言ってよ。お、俺、ここの顔だから、名前はジュリー、沢田研二好きなんだ。ジュリー、って皆に呼ばれてる・・・って事でこれから、よろしくーー」
新宿で一番最初のゴミみたいな友達。テレクラティッシュ配りのジュリー。ジュリーは十円のメロンソーダできっとなんでもやってくれる。
「ジュリー、さっそく困った事があるんやけど助けてくれへん」
さあ、のってこい。ぼくはすっかりジュリーに悩みを打ち明ける仲になった友達の顔を演じている。
「な、なに、さ、さっそく困ったの?いいよ、いいよ、な、なんでも言ってよ」
ジュリーの表情は十年来の友人からの相談を引き受けたように輝いている。アホや、こいつ。心の中、あざとく微笑んだ。こいつ、今まで何十人に利用されてきたんやろ。こんな人間が簡単に見つかるなんて、さすが新宿、軽いのりの街やで。金無くなったら、こいつの家に転がりこんだんねん。俺も利用させて貰うわ。まあ、指輪売れてその金無くなってからやけどな。ジュリーの家、汚そうやし。
「これを売りに行って欲しいねん、ジュリー」
ぼくはおかんの指輪をジュリーに見せた。ダイヤを見たジュリーの少年のような瞳が少しだけ濁った光を湛えた気がした。
(つづく)