これで最後、これで最後やからとズルズルとハマり続け、訪れた本当に最後の千円札で変換されたコイン50枚が、真夏のアスファルトに転がってしまった氷のようにリズムボーイズに溶けていく。



リズムがアスファルトで僕は氷。



たった一度の緑七と引き換えに過酷な肉体労働と劣悪な環境の日々へと逆戻り。

機械割16%。すれすれの暮らし。



【10日契約土工さん募集10000円上内金3000円三食寮完備】



これが僕の職場だ。10日契約とはそのまんま、10回働けば給料が貰える。内金は前借りの事、不味い飯が三食ついて寮代として1日3000円引かれるシステム。前借りを我慢できない僕の給料が40000円を越えることは絶対に無い。寮とは名ばかりのタコ部屋完備、錆ついたアコーディオンで仕切られた6畳一間の部屋で3人が寝食を共にしていた。



僕の同居人は元幕下力士でそして借金が元で夜逃げするはめになったらしい赤石さん。借金以外の話しはどこまで本当かはわからない。10年前に行ったグァム旅行の自慢を毎日している、今はパスポートどころか住所も無い。そしてもう一人はオカマで鍋奉行の金子さん、世話好きな彼女はいつも僕らの洗濯と頼みもしない鍋の用意をしてくれた。住所はない。



僕も当然住所不定だ。



6年、16の頃から始めたこの暮らしから抜け出せない。10回働くたびに夢を見る。次こそデートライン銀河Ⅱの貯金を全放出させたる、次こそロックンビートで20箱積んでやる、今度こそリズムで状態にブチこんでやる、今度こそ!今度こそ!今度こそ!



今度こそ、勝った金で部屋を借りよう。今度こそ、勝った金で借金を片付けよう。今度こそ、勝った金で免許を取ろう。



今度こそ。



10回働いた金が溶けるたびに呪咀のように繰り返す。

風神雷神で万枚出しても源さんで20箱積んでもこの暮らしから抜け出せる事はなかった。金が溶けない限り僕が今度こその呪咀を唱える事はない。



金が溶けた昼下がりのタコ部屋で不味いカレーライスを口に運んで初めての反省。10回働く迄唱え続ける呪咀。



横では僕より早い午前中の内に金を溶かした赤石さんが凍った刺身をかじりながら、グァムでライフル射撃した話を語り出す。日が明るい内に酔っ払い惰眠を貪る慢性的な日々。世間では非日常的な暮らしもここに帰ればありふれた日常であり現実だった。



傷を舐めあい下ばかり見る生活に明日が無い事を僕らは知りつつも決してその事実に向き合う事はなかった、自分だけは違う、きっと劇的に人生が変わる日々が訪れるんだと。根拠の無い希望が生きる糧だった。



そしてまた10日後に訪れる数百回目の給料日。小指が微妙に無い社長が配る給料袋の中身は定額料金40000円。



10日ぶりに見る福沢諭吉を前にして僕はお決まりの小踊り。勝って寿司を摘もう、勝ったら長い休暇を楽しもう。待ってろ!リズム!

リズムがアスファルトで僕は氷。



今度こそ!



長年に及ぶ、気心の知れた赤石さん金子さんとの暮らし。それでも千円札一枚、部屋に置きざりにする事はできない。鍋を用意してくれる優しい金子さんも、陽気にクレー射撃の構えをしている赤石さんも金を見るとギラギラする。



「親の遺産が入ったら一緒に商売始めよう!グァムって奴を案内してやる!」と豪語する兄貴分みたいな赤石さんが、「作業服洗濯しておいたよ」と母親の様な愛情を発揮する金子さんが、千円札一枚で「出来心」を躊躇なく発揮した。



今日の金子さんが用意してくれた鍋料理はきっと僕の千円で賄われている。でも、僕は何も言わない。僕も彼らに負けず劣らず出来心を常日頃発揮していたから。



こんな暮らしにちょいと長めのシケモク程の未練さえなかったはずなのに。



僕がワンワンハウスを叩き割った日。



子供が描いたようなチープな絵柄、そして安っぽい筺体の癖して似合わず中身はスーパーモンスター。小役のみのトリプルテンパイ外れからの【中段にリプレイ、リプレイ、7】の並び。

こいつを拝む為に僕らは10回働いた金を賭ける。



四コマ滑り左【バー、犬、7】を見るために、今はこいつに人生を小出しに賭けているんだ。資本主義的人間ピラミッドの最下底。お前は一生タコ部屋暮らしさ。打ち消す、そんな囁き。俺だけは違う。俺の苦悩は誰にも分からない。努力なんてして無い癖に自分を正当化、そして誘惑全てを受け入れ抱かれる心地よさ。逃げられない。



逃げられない。まるでひらけない未来。



それまでの喧騒が嘘のように静まり還る開店直前時刻、クラリグラリする様な緊張感と共に突然もよおす便意、同時に開店ミュージックが鳴り響く。シャッターが開くその瞬間、三方ある入り口それぞれの隙間から裏物コーナーに向かい客が一斉に雪崩込む。椅子に座ると椅子ごとすっ飛ばされた。だからいつも目についた適当なワンワンハウスやリズムにしがみつき台キープ。



「無事に取れたな!」とニカリと笑う隣のおっさんの左足は素足だ。開店と共に飛んで行くサンダル。よくある話し、関係なく打ち始める。おっさんも気にしない、負けがこんで始めてサンダルが無くなった事実に対し店員捕まえては愚痴り始め、最終的に「遠隔ボタンを押してくれよ」と哀願に変わるのは慣れっこ。



一度もボーナスを引けずに迎えた総投資38000円、残り2000円。



訪れた、ナス系絵柄三つ並びで形成されるチャンス目。次ゲーム、逆押しに切り替え7を狙う。…枠下に潜る7。



腹のいちばん底から漏れる嘆息。



終わった、残りニ千円は今日の酒代であり煙草代だ。これは使う事のできないお金だ。



酒代である千円札に別れを告げる。煙草代である残された千円札をツッコむ。また繰り返された日常的風景

金が無くなり、二時間前にはたっぷり買えた煙草が一箱も買えない現実に瞬間に引き戻される。祭りは終わって後の祭り。



また10日。そして不味いカレーライスと芯ばかりの野菜炒め。凍った刺身、かじるマグロ。



誰のせい?お前のせいや!!ワンワンハウス!!



ワンワンハウス、ワンワンハウス、ワンワンハウス!!



僕のエンジニアブーツが火を吹く。



確実に僕の蹴りはワンワンハウスを完璧に仕留めた。報酬は一斉に飛んでくるパンチパーマといつもは僕に優しいはずの主任、鬼の形相。店内で羽交い締めにされると同時に飛んでくる拳とこぶし。僕は同じシマで打っていた赤石さんに必死で助けを求めた。



赤石さんは僕を初めて見る様な視線を投げかけただけ。親の遺産、グァムの夕暮れ、ライフル射撃。赤石さん。赤石さん、あかいし。一生届かない僕の声。



店外に引きずり出され薄暗い交換所横でボコボコに仕上げられた後、僕は事務所で拘束されていた。



朦朧とした意識の中「お釈迦様」と「蜘蛛の糸」の話しを思い出す。けど、実際神様は現れそうも無かったし蜘蛛の糸が垂れてくる気配は微塵もなかった。



パンチパーマより恐い社長のいるタコ部屋の連絡先を吐かされ、今はただ、ただ社長の到着を待つ。般若の様な形相をした社長が現れた瞬間、僕は事務所から飛び出した。



夕陽の沈みかけた街を一度も振り返えらず駆け抜けるタコ部屋までの馴れ親しんだ負の道程。



部屋に戻ると、既に泥酔してる金子さんの財布と赤石さんの全財産である工具をひったくり薄暗さを帯びた街に再び飛び出す。



あてもなく走り続ける内に街は暗闇に支配され、その闇に紛れて僕は安堵する。

直ぐに襲いくる孤独。ぼくが必死に築いた機械割16%の暮らし。



タコ部屋に帰りたかった。外は寒い。金子さんの財布を開く。五千円札一枚と長い年月を要し焦げ茶色に染まったメモ。



綴られている母親へ許しを乞う文章。皆もがいてる、もがいてるいるけど日々誘惑に抱かれる。きっと十年過ってもこの文章が母親に届く事はないさ。



僕は財布とメモを闇に投げ捨てると、あてもなくメモに書かれていた北を目指した。



今度こそ!今度こそ!今度こそ!呪咀を唱える。



          



 ~第2話「天麩羅うどんとロボ時計」に続く