Stray Cat,s Stories~Shinnjuku Kabukichou          佑輔カジノ

第1話「のらねこFile①テレクラティッシュ配りのジュリー」



「なあ、俺は新宿で知り合った連中は絶対信用しねーんだ。歌舞伎町の中での付き合いって割り切ってっからさ、お前と他の街ですれ違っても、俺はしらないふりするよ」


ゴミみたいな人間のくせしやがって。


~~~~


1991年、9月、片はね破けたアブラゼミがすべての力を賭けてジージー鳴いていた蒸し暑さ残る頃に。
ぼくは十人いたゴミみたいなツレのうち九人を裏切って歌舞伎町から追い出された。

最後の「ゴミ」を頼って行き着いた先。新宿駅から一コマ進んだ先のコンビニ。ラジオの電池を買いにきたじいさんの目前。十五歳のカスみたいなぼくはあっさりと逮捕される。

最後の「ゴミ」がミニストップのソフト舐めながら、ぼくを指差していた。

歌舞伎町で過ごした夏が呆気なく幕を閉じる。

裏切った九人のゴミの話。ぼくを裏切ったゴミの話。カスみたいなぼくの話。すかすかになったアブラゼミは鳴くのをやめていた。



~~~~~



かちゃ、かちゃ。胸幅辺りまで両腕の間隔を広げてみる。左右の輪っかを繋ぐ鎖がぴーんと張って限界地点を示す。がちゃり。この音に反応して、くぐもったダミ声が紫煙と一緒にまた飛んできやがった。

「おーい、手錠を外そうとすんじゃねーよ。よけいに締まっからな」

ぼくの手が無駄な動きを見せるたび薄笑いを浮かべつつも、威圧する視線をぎろりと配るよれた紺スーツ姿。安月給の公務員が偉そうに。

このバブル全盛期、新宿で札束きる連中は腐るほど見てきた。今のご時世、年功序列で賃金が緩やかに上がる公務員なんて負け組の象徴。

「わかってーまーす」逃げようなんて思うかよ、手首が窮屈なだけやん。手錠はめたままドコ行けちゅうねん、おっさん。締めすぎやねん、ほんま。

新幹線乗り場に設置された喫煙所。窮屈な手首は諦めて、ぼくは紺スーツのおっさんの吐き出すショートホープの煙を鼻から吸い込む事だけに集中してみる。

俺も煙草吸いたいなあ。

この日、両腕を鈍い銀色で繋がれたぼくは東京駅構内を少年課の刑事二人に前後を挟まれ腰縄を引かれた姿で地元大阪へと護送されていた。収監されていた練馬鑑別所から大阪鑑別所への移送。未成年で罪を犯したぼくは法律上、保護者が住む土地で審判を受ける必要がある。

みどりのパーカーで形ばかり隠された不自然な両腕。隙間からちらちらと反射する銀色に浴びる好奇の瞳とひとみ。軽薄な視線はいつでも慣れっこ。それよりも飼い犬気分の腰に巻かれた麻縄をなんとかしたかった。

「さーて、そろそろ行くかー」

ショートホープを三本も堪能してテンションの上がった紺スーツの合図で列車の停車位置へと移動する。

新幹線に乗り込み、追いやられるように座らされる窓側。ぼくが腰を降ろしきったのを確認した刑事も隣と真向いそれぞれに席を埋める。車窓からどんどん遠ざかる東京にひと時の別れを心の中、告げた。また直ぐ、戻って来るで。その心境を見透かしたように刑事がぼくをからかう。

「お前、また舞い戻って来る気でいるだろ?でも、当分は無理だぞ。あれだけの事しでかしたんだから、少年院だ、少年院、特等じゃねーか」

最後のゴミがぼくに押し付けた罪状。

あの野郎。途端に押し黙ったぼくを見て、刑事が話題をすり替える。

「落ち込むな特等でも二年だ。ほら、景色でも楽しんどけ」

新横浜を過ぎて、一息ついた刑事が週刊誌を読み耽りだす。

車窓から流れる景色、富士山探すぼくの視界。裏切ったゴミ。富士山どこや。裏切られたゴミ。おおー富士山。歌舞伎町で過ごした祭りの日々。富士山でかいなぁ。家を飛び出た日の事。
新幹線が快調に掛川駅を通過する。

富士山が見えなくなって、ぼくはすべてのきっかけをゆっくりと思い出す。おかんの指輪。新宿。歌舞伎町で最初に見つけたゴミみたいな友達のこと。

刑事たちはこっくりと小さな舟をこぎはじめた。



~~~~



「お前は絶対、犯罪者になるな。その前にワシが殺したる」

親父の醒めきった眼差し。岩みたいな拳骨があられみたいに降り注ぎ、切れた口元から止めどなくつたうは鉄の味。

「お母さんの指輪、どこやった!はよ、返して!はやく、出しーー」

おかんが半狂乱でぼくの胸ぐらを掴む。おかんを突き飛ばす。

「指輪なんて知らんわい。おかんにまで、疑われるようになったら俺も終わりじゃ!出てったるわい」

「勝手に出ていけ!ゆ、指輪、指輪は置いていってー」

おかんの罵声と哀願を背中に浴びながら、ぼくは家を飛び出た。

誰も知らない土地で暮らしてみたかった。理由なんてどこにも存在しない。たちの悪い思春期なんて。浅はかな思いつきまみれ。

ブラウン管で見た、毎日がお祭りの街。ひかり号に飛び乗った。入場券で改札を潜り、車内のトイレで三時間を過ごし、たどり着いた東京駅の改札。キャディー引くスーツ姿が切符を通した瞬間に割り込み無理やり突破する自動改札機。脇目もふらずに走り抜けた構内。一目散に駆け上がる階段。みどりとシルバーのコントラストの扉に飛び込み、握り締めるポケットの中の全財産。小銭と、気持ちばかりのダイヤモンド。幼稚園の頃おかんに何度も嬉しそうに自慢されたこの指輪。

「お父さんがな、この指輪持ってプロポーズしてくれてん。ええやろ、綺麗やろ、お母さんの宝物やで」

「ぼくが大きくなったら、もっとすごい指輪買うたるな、お母さん」・・・しらん、忘れた。この指輪は俺の生活費になるんやって。そんな昔の事、もう憶えてへんわ。少しばかりちくちく痛んだこころ。おかんへの罪悪感。

車内にまたひとつ標準語が響く。

環状線とイントネーション違いの山手線が目的地をアナウンスした。扉が開かれ、乗客が一斉に入れ替わる。ぼくのスニーカーに羽が生える。

目指した街。東京、新宿、歌舞伎町。東口を抜けて、歌って踊るアルタの巨大なビジョンを見上げた瞬間に真夏の日差し浴びた氷片より脆く儚く、指輪見て覚えた罪悪感は融解。やっぱりどうでもええわ、おかんの指輪ごとき。ほんまに祭りやん。初めて経験する圧倒的な雑踏。祭りや。串ざしで売られるパインアップルを眺め、溺れそうな人ごみの中に飛び込み、モア二番街から靖国通りを泳ぎ、セントラル通りを突き抜けてコマ劇場前の広場にたどり着く。大阪の梅田や難波でも感じた事の無いお祭り騒ぎ。世界でも有数のこの歓楽街に、舞い上がるこころ、鼓動が激しく波打つ昂った気持ち。やがて、頭によぎるはただひとつ。金や、祭りに参加するには金が必要やで。おかんの笑顔など忘れてポケットの中を改めて握り直した。指輪の換金方法に思いを馳せる。未成年の俺の変わりに指輪を売ってくれる人間が必要やん。そこらじゅうのネオンがちかちかと素敵な光を灯し始めていた。

こんなに人間がおんねんから、指輪売りに行ってくれる奴なんて直ぐに見つかるで。

楽観的に考える視界にど派手な電飾「テレクラリンリンハウス」。建物の前に置かれたラジカセからは、異様に空々しく明るいテンションの女性の声。りんりんを早口言葉でまくしたてながら客を呼び込む宣伝文句をえんえんと唸り続けている。次に、片手に紙袋をぶら下げてラジカセの脇の階段からスキップしながら出てきた挙動不審な男の姿をとらえた。


       (つづく)