私が選んだもの。
極論を言うと殺したい程憎いからといって殺しにいってはダメですよね…
殺人を犯したら人生そのものがダメになる。
私は不倫相手も憎かったけれど、主人主体で考えていた時には主人が死んでくれたらこの苦しみから解放されるのに。と思った事もありました。
ただ死んでしまった後の私の心を想像した時に、
私が抱いた気持ち(憎しみや悲しみなど)主人の死によって消えるものでは無いんだと感じたんです。
居なくなったら逆に私の抱いたドス黒い感情の行き場が失われ、消化不良を起こした様にずっと取り留めないモヤモヤが居座り続けるんじゃないかと思いました。
これは、私は。ですが、再構築を選んだ理由の一つに
消化不良を起こしたくなくて選んだのもあります。
不倫された事は大変辛い出来事でしたし、それに伴って起きた事たちも辛いものでした。
ただそんな中で、私自身の問題点を見出して行く内に
問題点の解決を主人を通して解決していきたい想いが生まれたんです。
離婚を選んでも解決しにいく事も可能だと思います。
しかしながら私にとっては主人を自分の鏡として成長したく再構築と言う道を選びました。
細かい事を言えば主人に対して無関心になれず、好きだった気持ちがまだまだ私の中にあったのも選択した理由の一つにもなるので、沢山の理由があります。
人は鏡。と聞きますが、本当にその通りで、主人を見ても子供たちを見てもはたまた友人、職場の人間関係。
良くも悪くも自分が見えてきます。
族に言われるお花畑を見た時に、すぐに枯れゆく姿を目にして
同じ花を咲かせるならば一年草より多年草を育てたいと思いました。
翌年も綺麗に咲かせる為には水やりの他に栄養や日差しなど手入れが必要な様に
育てる。とは花に限らず他でも同じ事だと思ったら、自分を育てて行く事が願い行き着く先の(望んだ)幸せに辿り着くのだと考える様になり
起きた出来事を憎むより
そしてなにかのせいにして進むより
自分を変えれるのは自分だけならば
そして、私にしか出来ない事だと思ったら
【やるしかないじゃん】と思いました。
まとまりのない文章でごめんなさい…