ちょっと長いけど
見栄っ張りのお話
今日、久々に
見栄っ張りん
に会った!
こんにちは!わたしの見栄っ張りん
たいした事ないけど
お勉強ができる人風に
自分の事を説明した
笑
なので
帰り道に見栄っ張りんと
ちょっとお話した
見栄を張って良い事って
何があるのかな?と。
それで思った事はこんなかんじ
見栄を張った事で
自分が向き合いたくない自分を
知る事ができる
見栄を張った事で今の自分の
弱点がわかる
見栄を張った事で自分が
どうなりたいか知れる
ふむふむ、、、
見栄っ張りんの気持ちは
よくわかった

じゃぁなんでそういう風に
自分に感じてるのか?を
聞いてみた。
学年末の試験に対して
結構、緊張している
100点満点を狙っている
難易度高い教科が2つある
頭良いと言われる安心感
さてはて、ならば
このできる人風の見栄っ張りんが
居てくれる事での安心感はなんだ?
と、見栄っ張りんと一緒に
掘り下げてみる

わたしの母は
とてもIQの高い人で
お勉強を努力せずとも
スイスイやれた人だったので
子供に対してはいつも
90点以下なんて最悪だ!クズだ!
という教育をする人
今思えば…すごい教育
笑
義務教育の間
そんな日々だったわたしは
知らないうちに
母のモノが自分のモノに
すり替わっていた可能性がある
お勉強ができない人は
要らない。クズだ!とか
そういう自己評価を下げるような
サイクルが刷り込まれている可能性が
とても大きいというかんじ
心理学で言えば
《脚本分析》の《拮抗禁止令》
親のPから
《わたしを喜ばせろ!》
《満足する結果を出せ》
↓↓↓↓↓
子のPに対して…
例えばそれが達成できなければ
《生存するな》
《重要であるな》
とか、そういうの変換がなされて
影響する
……という事は
わたしは見栄っ張りんを出して
人に《成績が良い人》と言われる事で
親からもらったその部分に
安心感を与えているのかも?と
なった
!ひょー
そーゆー経緯があるからか
ドライバーチェックでは
《完璧であれ!》という要素が
強いわたし
完璧な自分へと
自分をコントロールしたい
そんな欲求が強いようです~~
繋がります
だがしかーし
見栄を張る事で
苦しくなるのもしんどいのも
結局は自分
理想と現実の差に
苦しくなるのも自分
人の目を気にして
辛くなるのも自分
それを
やめるのも自分

とりあえず今はここまで
気づけたんだから
この範囲の事を丁寧に
塗り替えていこう~~

自己価値を下げて
自己批判している要素は
母にお返ししまーす
そしてわたしはわたしを選択
脚本をね
少しずつ修正するのが良い
一気に変えたって
そんなに器用ではないですから
少しずつできる事からね
そしてゆっくり休もう
日本人は休むの苦手だから
ゆっくりしまひょ
笑
うひひ

テストって点数も大事かもだけど
自分の努力を試す場なんだから
今までやってきた事を
努力を重ねた自分を信じよ
それで受け取った点数に関しては
自分を責めるんじゃなくて
今の自分の実力として
きちんと受け止めよう

じゃないと次の成長には
ならんですもんねー
という事で
点数にこだわるんじゃなくて
今できる努力を全てします
じゃーお勉強してきまーす

