震災の映像…。
何度見ても、自分の県であった事とは思えない

1年経った今、また被災された方に心よりご冥福をお祈りいたします。
わたしは、幸せなほうなんだなぁと改めて感じます。
あの日を振り返れば、
繋がらない携帯を片手に、ごちゃごちゃになっている職場をそのままに、急いで保育園に迎えに。
その間も余震は続き、もしかすると、この間にもまた大きな地震がくるかもしれない不安と恐怖を堪えていた。
娘は、ケロッとしてて、安心したのを覚えてる。
それから家に帰って、お泊まりの準備して、普段なら30分で行ける実家まで二時間かけて、行った…
実家に着いたときは、何とも言えない安心感だった。
TVは、津波の映像が繰り返し流され、そのたびに、吐き気をもようして、オットがこれからこの現場に行くのだと思ったら、不安で不安で、胸を引きちぎられそうだった。
娘は、今までになかった夜泣きをして、わたしも一緒に泣きながらあやしてたなぁ。
『自分の街は、自分の置かれてる状況は、まだいいほうなんだ
』って言い聞かせながら、自分を奮い起たせてたなぁ。
被災地から10日ぶりに帰ってきたオットの顔は、今でも忘れられない。
髭はボーボーでガリガリに痩せほそって、顔は真っ黒。わたしには、わかり得ない苦労をしてきたんだって、すぐ分かった。
家に入る前にも、お塩でお清めした っけ。
夜に帰ってきて、次の日には、また発って、ゆっくり休めないオットに労いの言葉は見つからなかったな。
はぁ
振り返ったって仕方ないんだけど、あの日のことは、一生忘れられないな。
あの日にはいなかった息子が今は、誕生して、普通の生活に戻った今、やっぱり前を向いて歩くしかないんだ。
未来に答えはない。一生拭えない不安もつきまとう。それでもfukushima県民として生きていくことを決めた。と、言うより生きていかなくてはならない。
何度見ても、自分の県であった事とは思えない


1年経った今、また被災された方に心よりご冥福をお祈りいたします。
わたしは、幸せなほうなんだなぁと改めて感じます。
あの日を振り返れば、
繋がらない携帯を片手に、ごちゃごちゃになっている職場をそのままに、急いで保育園に迎えに。
その間も余震は続き、もしかすると、この間にもまた大きな地震がくるかもしれない不安と恐怖を堪えていた。
娘は、ケロッとしてて、安心したのを覚えてる。
それから家に帰って、お泊まりの準備して、普段なら30分で行ける実家まで二時間かけて、行った…
実家に着いたときは、何とも言えない安心感だった。
TVは、津波の映像が繰り返し流され、そのたびに、吐き気をもようして、オットがこれからこの現場に行くのだと思ったら、不安で不安で、胸を引きちぎられそうだった。
娘は、今までになかった夜泣きをして、わたしも一緒に泣きながらあやしてたなぁ。
『自分の街は、自分の置かれてる状況は、まだいいほうなんだ
』って言い聞かせながら、自分を奮い起たせてたなぁ。被災地から10日ぶりに帰ってきたオットの顔は、今でも忘れられない。
髭はボーボーでガリガリに痩せほそって、顔は真っ黒。わたしには、わかり得ない苦労をしてきたんだって、すぐ分かった。
家に入る前にも、お塩でお清めした っけ。
夜に帰ってきて、次の日には、また発って、ゆっくり休めないオットに労いの言葉は見つからなかったな。
はぁ

振り返ったって仕方ないんだけど、あの日のことは、一生忘れられないな。
あの日にはいなかった息子が今は、誕生して、普通の生活に戻った今、やっぱり前を向いて歩くしかないんだ。
未来に答えはない。一生拭えない不安もつきまとう。それでもfukushima県民として生きていくことを決めた。と、言うより生きていかなくてはならない。

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