なんだか中々春が来ない感じの今日この頃。私は順調にヘルパーをやれてます………と、言いたいとこですが、今はお休み中です。

丁度、1週間と1日前、盛大にパニックを起こしてしまい パニックを鎮圧することが上手く出来なくて ヤカンをひっくり返して落としてしまい 熱湯が足にかかりヤケドをしてしまいました。ヤケドレベルは2で大きな水泡が出来てしまいなかなか治りません。
よって靴も履けないから近所を歩くことすら出来ない私に仕事は無理で、今はお休みさせてもらってます。
やっと利用者さんと距離が縮まってきて仕事の要領も覚えてきたとこなで、なんであの時 もっとパニックが鎮まるように工夫しなかったんだろうとか、そもそもそんな時に何故ヤカンをさわっちゃったんだろうと後悔ばかり。
後悔は先にたたずなのに…これからを考えなくてはなのに。

上司のHさんが私の様子見ついでに初給料を届けてくれました。ヘルパーを始めて初めてもらった給料は軽い封筒なのに、なんだかずっしりと重たい感じがしてしばらくは直視出来なかったなぁ…
でもね。ヤケドをするまではHさんの言葉はずっと優しかったのに優しく聞こえなかったんだ。それは私のこころがいっぱいいっぱいで 人の優しさに気がつけなかった。

だからヤケドをして少し休むことで、突っ走ってきたここ1ヶ月の休憩地点なんだと考えることにした。
足はいずいけど、そう思うことで ゆっくり優しさにまた耳を傾けられる自分に戻りたいです。


そんなとある日のことでした。
今日 お昼頃 少しだけ愛犬を庭先に出してあげようと玄関を出たら
家の前をちょうど青いランドセルをおぶってる男の子とそのお父さんとお母さん、そしてベビーカーに乗ってる赤ちゃんがいた 目があったので
「こんにちわ、今日入学式ですか?」と声をかけると
お母さんが「いえ、予行練習なんですー。もう迷子になりかけたんですけど…w」と。
そうか、道を覚えるところからなんだね。男の子は大きいランドセルが重そうにふらふらしならがなぜかスキーのゴーグルを装着しながら歩いてた。そのうちランドセルがぴったしになって小さくなるんだろうな…ちょっとほのぼのとした光景だった。



3月11日。
東日本大震災から一年が経ちました。
今日の朝刊は じっっくり読みました じっくり読んでたら泣けて泣けて 身動きが取れなくなっていました。
あぁ、あの男の子みたいにランドセルを背負いたかったけれども背負えなかった人がどれだけいたんだろうなんて思ったらたまらなかった
父との電話で「とりあえず、テレビを消して自分の部屋で明るい本でも読んでなさい。病んでしまうぞ。仕方のないことなのだから」と言われてやっと腰をあげて自室にいった。ら…部屋の汚いことに気が付いた!
ちょっと!部屋の空気淀んでる!あぁほこりたまってるよ…あーあー…よし!掃除だ!てな具合で掃除を始めた。
気が付いたらかーなーり掃除してなかった。利用者さんち掃除するようになったからしてないんじゃないか…細かいところが軽く汚部屋…
掃除をしながら部屋の窓を開けると一面に青くて 空気は冷たいけれど気持ちよくって
気が付くと2時46分が近づいていて 携帯でNHKをつけて 黙祷をした。
野田総理や天皇陛下の言葉を聞いて また掃除をしはじめた。
…大丈夫。大丈夫。って自分に言い聞かせながら。



大変なことが沢山ある世の中で
自分が抱えてる悩みをうまく言えなくて最近はちょっと気だるいけれど
それでも
ゆっくり身の丈にあった頑張りをしていきたい
そんなことを思うとある日のことでした。 
2月はあっというまに過ぎるとはよく言うけれど 本当にあっというま。
気が付けばもう三月です。

仕事も昨日で一人でお宅に入るのは4回目 やることも やるペースもだいぶ覚えてきて大丈夫です。
ただ、報告書を書くのはまだまだ慣れるのに時間がかかってしまいそうな感じ…
まぁ、ぼちぼち。あんまり最初から力を入れるとへこたれてしまうから。
でも力が知らないうちに入っちゃうのは仕方ないことなのかもしれんなぁ…



先日 NHKで「ハートをつなごう~フツウって何?~」(だったかな)の放送があり、発達障害がテーマであったので見ていました。ハートをつなごうは6年続いた番組で 最終回だったんです。
つねづね思っていた「普通」って何がタイトルにあったのでなんだかわからないけれど 朝からザワザワしていた。
私はアスペルガーだけれども 発達障害 アスペルガーについて 本で詳しく調べようとか講演会に行ってみようとか特に思わない。きっと読んだり聞いたりしたらとてもその中にのめって 自分がわからなくなってしまいそうで、そいでもって難しい言葉がいっぱい出てくるとだんだんパニックになってくるから ものすごく詳しく知ろうとはあえてしない。
でも 自助グループとつながっているのは 心のよりどころであるからなのかもしれない。
自助グループのみんなの気持ちが「あぁわかるよ」ってなったり「そういう思い私にもあるよ」って言ってもらえたりするとても救われる気分になる。
友達に言えないことがここでは言えるんだよなぁ。
で、普段は見ない発達障害のことを取り扱うテレビを見たわけなんですが 内容が半分も覚えていない。ただ、そのテレビが終わった後 私はその場で大声を出して泣いた。
悲しいとか苦しいとか辛いとかそういんじゃない ただただ、こころの中で大きく何かが動いて 泣いた。
母も、普段はドライアイな病気で泣きたくても泣けない病気を持っているのに 珍しく泣きながら私の背中をぽんぽんしていた。

私の中に 「私は私 アスペでもそれも私」という気持ちがある。それはとっても細い柱だったのが少しずつ太く頼もしいものになってきていた
だけどたまに大きな何かが来ると まだぐらっとしてしまう。
素晴らしい内容構成の番組だったと思う。 
だから私の柱はぐらついた。ぐらつくことは悪いことじゃない。
泣いて 泣いて 泣いて 「私は私」の柱が頼もしくなっていけばいいんだから。それにもともと私は小さいころから随分泣き虫なんだから無理することはいっこもないのさね。



普通
障害
定型

そのみっつの単語がイマイチ好きになれない。でもその好きになれない理由をうまく述べられないなぁ。



なんだか泣きたいきもちなある日のことでした。