ひみつきち

ひみつきち

たいやき、ばーど、めとのイラスト置き場です。
昔3人で作っていた創作のキャラクターたちを中心に、のんびり描いています。

それからしばらくして、エミは鞄を肩に掛け、一足先にエンバースを出ていった。
フィリスは窓越しに、夕暮れの通りを歩いていく三つ編みの後ろ姿を見送る。
ドアベルの余韻が消えたころ、まだ席に残っていたサクが立ち上がった。


「フィリス。これよかったら。」


少し照れくさそうに差し出したのは、上品な包装紙に包まれた紙袋だった。


「何よ、これ。」
「一昨日、助けてもらったお礼。家では、堤防で体調を崩したところをエンバースの人に助けてもらったって話したんだ。そしたら母ちゃんが、絶対持っていけって。」


フィリスは紙袋を受け取り、そこに印刷された店名を見た。
その瞬間、目を見開く。


「ちょっと待って。これ、駅前にあるお店の、一番高いお菓子じゃない……!?」
「えっ、そうなの?」
「サク。あんた、もしかしてお金持ちなの?」
「普通だよ。母ちゃんが選んだから、オレも知らないんだ。」


フィリスは紙袋を両手で抱え、疑わしそうにサクを見つめた。


「本当に、もらっていいの?」
「そのために持ってきたんだからな。」
「緋雀。今夜はお菓子祭りよ!」
「一度に全部、食べたらダメ。」
「まだ開けてもいないのに、どうして止めるのよ!」


そのやり取りを見て、サクが声を上げて笑った。
サクがエンバースを出たのは、それから少し経ってからだった。




エンバースを出ると、空はすでに茜色へ染まり始めていた。
試験を終えた解放感からか、通学路を歩く学生たちの声はいつもより明るい。
街路樹の葉が秋風に揺れ、どこからか金木犀の甘い香りが流れてくる。
エミも鞄を抱え直し、家へ向かって歩き出した。
頭に浮かぶのは、先ほどエンバースで見た魔工具のことだった。


(光る石や、変わったアクセサリーの噂……。)


自分にも、フィリスを手伝えることがある。
そう思うと、自然と周囲の店先や、道行く人の装飾品へ目が向いた。
そのときだった。
向かいから歩いてきた男の胸元で、何かが夕陽を反射した。
濃い色のコートの襟元に、小さなブローチが留められている。中央には青緑色の石。

その周囲を囲む銀細工は、花と蔓を組み合わせた繊細な意匠だった。
エミは思わず足を止めた。


(あれ……?)


どこかで見た気がする。
男とすれ違ってから、エミはそっと振り返った。
風に揺れる、小さな銀色の飾り。
完全に同じものではない。それでも、先ほど見た簪に施されていた花の細工と、よく似ていた。
その瞬間、ブローチの中心にある石が、かすかに明滅した。
男も足を止め、自分の胸元へ目を落とす。
それから一度だけエミを振り返ると、何事もなかったように路地裏へ入っていった。


(もしかして、あれも魔工具……?)


胸が小さく高鳴った。
あのブローチをどこで手に入れたのか、聞ければ手掛かりになるかもしれない。
エミは男が消えた路地へ向かい、数歩進んだ。
しかし、入口から薄暗い奥を覗いたところで足を止めた。


『自分で危ない場所へ調べに行ったり、怪しい人についていったりするのは絶対に駄目だからね。』


エンバースで念を押したフィリスの顔が、脳裏に浮かぶ。


「……だめ。」


エミは小さく呟き、首を横に振った。
ブローチの形は覚えた。
青緑色の石と、銀色の花飾り。それをフィリスに伝えるだけでも、何かの役に立つかもしれない。
これ以上、自分一人で調べるべきではない。
そう判断して、エミは路地に背を向けた。


「何か、ご用ですか?」


背後から聞こえた穏やかな声に、肩が跳ねる。
振り返ると、先ほどの男が路地の入口に立っていた。
夕陽を背負っているせいで、その表情は影に隠れて見えない。


「い、いえ……。人違いでした。」


エミは鞄の持ち手を強く握り、男から距離を取ろうとした。
男は追ってこない。
けれど、その視線だけが、じっとエミへ向けられていた。
胸元のブローチが、再び青緑色に光る。
先ほどよりも、はっきりと。


「……やはり、反応している。」
「え?」


男がブローチへ指を添えた。
青緑色の光が大きく脈打つ。
次の瞬間、路地から吹き出した冷たい風が、エミの身体へ絡みついた。


「きゃっ……!」


後ずさろうとしても、足が動かない。
目には見えない何かが、足首をきつく縛りつけている。さらに風が腕へ巻きつき、鞄が手から滑り落ちた。


「だ、誰か………!」


助けを呼んだはずだった。
けれど、自分の声が聞こえない。
周囲の音まで、突然遠ざかっていた。学生たちの話し声も、車の走る音も、木々のざわめきも消えている。
風の膜が、エミの声ごと閉じ込めていた。


(魔工具……!?)


青緑色の光の縁に、墨を一滴垂らしたような黒い色が滲んだ。
ほんの一瞬だった。
黒い靄はすぐに風へ溶け込み、見えなくなる。


「一緒に来てもらう。」


男は穏やかな口調のまま、エミへ歩み寄った。


「素質のある人間は、貴重だからな。」
「何を……言って……。」


必死に身をよじるが、風の拘束は緩まない。
路地の奥から、もう一人の男が姿を現した。手には大きな布を持っている。


逃げられない。


そう悟った瞬間、恐怖で呼吸が浅くなった。
それでも、エミは震える指先を懸命に動かした。
男が腕を掴んだ隙に、指を三つ編みの先へ滑らせる。
結び目へ指をかけ、そっと引いた。
するりとほどけたリボンが、足元へ落ちる。


フィリスなら、きっと気づいてくれる。
サクも、このリボンが自分のものだと知っている。


エミは男たちに悟られないよう、落ちたリボンを足元の影へ押しやった。
直後、頭から布を被せられる。
視界が暗闇に閉ざされ、身体が持ち上げられた。


「フィリス……。」


声にならない声で、その名を呼ぶ。


やがて路地から人の気配が消え、封じられていた街の音がゆっくりと戻ってきた。
冷たい秋風が吹き抜ける。


薄暗い路地の入口には、ほどけた一本のリボンだけが、取り残されていた。

 

データ整理しているときに出てきた画像の中に、

初描きしたものもあって、ひたすら笑ってたんですよね。

 

↓フィリスの初期設定

 

 

ちゃんとネクタイとか袖の紋様ちゃんと書いてたんだなぁとか

敵キャラだったんだよねそういえばとか

武器名空欄じゃないかとか

 

そう思う反面、

謎のテストの点とぼけ。

 

この頃のキャラの設定、なんかみんなテストの点書いてあるんですよね笑

まぁ高校生だったし重要だったのか、テストの点数の設定……笑

 

あと、「ぼけ」っていうのも。

 

「ボケ」なのか「ツッコミ」なのか。

これもみんな書いてあって腹筋死にそうになりました。

 

カップリングなら受けとか攻めとかじゃなくて…

ボケなのかツッコミなのかがめちゃくちゃ重要視されていて笑う。

 

しかも初期メンバーほぼ「ぼけ」って書いてあってそれも笑いが止まらなかった。

ツッコミ一人しかいない笑

 

秋の陽が傾きはじめ、カフェ・エンバースの窓から淡い橙色の光が差し込んでいた。
昼間の喧騒はすでに落ち着き、店内に残っている客もまばらになっている。

フィリスはカウンターの内側で今日の仕込みを終え、考え込みながらカップを磨いていた。


「やっと定期試験、終わったーっ!」


窓際の席で、サクが両腕を高く上げて思いきり伸びをする。

椅子の背もたれがぎしりと鳴り、その隣でエミがくすくすと笑った。


「二人とも、お疲れさま。」


緋雀が、二人の前へティーカップを置く。
エミにはいつものレモンティー。サクのグラスからは、メロンソーダの氷がからんと音を立てた。


「手応えはどう?」
「めちゃくちゃいい!今回はいけた気がする!」
「昨日まで、現代文が無理だって焦ってたのにね。」
「エミに教えてもらったところが出たんだよ。だから、たぶん大丈夫!」


胸を張るサクを見て、エミがまた小さく笑う。
それから、カウンターにいるフィリスへ視線を向けた。


「フィリスは、何か考え事?」
「うん。結局、コアって何なのかと思って。」


カップを置いたフィリスは、口元に手を当てた。
一昨日、サクの胸元から現れた、小さな結晶。
コアを回収したあとも、サクの体調に変化はなかった。

魔力を持たないサクから生まれたにもかかわらず、体力や気力を消耗した様子もない。


「一昨日はサクから出てきた。でも、出現条件が全然分からないのよね。」


フィリスはしばらく考えたあと、サクへ顔を向けた。


「サク。もう一個、コアを出してみて。」
「えっ!?そんな急に言われても……。」


サクは困ったように眉を下げながら、胸の前で両手を構えた。


「う、うーん……。コア、出てこーい……!」


力いっぱい唸ってみるものの、当然、何も起こらない。
その必死な姿を見て、エミが口元を押さえて笑う。

つられるように、緋雀も小さく肩を揺らした。


しかし、フィリスは一緒に笑っている場合ではなかった。
ようやく一個目を見つけたものの、残りは九個。次のコアが見つかる目処は、まるで立っていない。


「そうよね……。」


フィリスがため息をつくと、なぜかサクとエミも同じように肩を落とした。


「緋雀は、コアが出てきたときに何か感じなかった?」
「何も。魔力とは、違った。」


緋雀は静かに首を振る。


「じゃあ、サク。コアが出てきたときのことを、もっと詳しく教えて。」
「えっと……助けてもらえて、エミにハンカチを返せて、それで……。」


サクの視線が、隣に座るエミへちらりと向く。


「嬉しかった、かな。」
「嬉しいと出るのかしら。でも、それだけなら今までだって、誰かが喜んでいる場面くらい見ているはずよね……。」


再び考え込んだフィリスを、緋雀が心配そうに見つめる。
やがて何かを決めたように厨房へ引っ込み、湯気の立つ皿を三人分運んできた。


「おっ、美味しそう!」


皿に盛られたミートスパゲッティを見て、サクが目を輝かせる。
温かな湯気とともに、トマトソースとひき肉の香ばしい匂いが広がった。


「フィリスも、エミたちとご飯食べて、休憩して。」
「もう少しで閃きそうな気がするの。私はあとで――」
「朝、少ししか食べてない。それに、早く食べないと、冷める。」
「う……」


緋雀はフィリスの前へ、最後の一皿を置いた。


「フィリスの、大盛りにした。」


エミとサクの皿に比べて、倍近い量のパスタがこんもりと盛られている。
ソースの絡んだ麺の上で、粉チーズがゆっくりと溶けていく。


(美味しそう……!)


香りに刺激され、空っぽだった胃が急に存在を主張し始めた。

ついさっきまで考えていたことが、頭の隅へ追いやられていく。


「座って、一緒に食べよう?」


エミに手を引かれ、フィリスは観念して隣の席へ座った。
それを見ると、緋雀はそのまま厨房へ戻ろうとした。


「ちょっと。緋雀の分は?」
「お皿、洗ってからーー」
「早く食べないと冷めるって、今あんたが言ったんでしょ。自分にも同じこと言いなさい。」


緋雀は少しだけ目を丸くした。


「ほら。緋雀も座って、一緒に食べるわよ。」
「……うん。」


緋雀は困ったように、それでもどこか嬉しそうに頷くと、厨房からもう一皿を持ってきた。
フォークで巻いた熱々のパスタを頬張る。

トマトの酸味と肉の旨味が口いっぱいに広がり、冷えかけていた身体まで温まっていく。


「美味しい……!幸せ……!」
「フィリスの幸せって、安いな。」
「あんたに言われたくないわよ。」


サクに言い返しながらも、フォークを動かす手は止まらない。
その食べっぷりにエミとサクは目を丸くしていたが、緋雀だけは満足そうに微笑んでいた。
しばらくして、エミがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、あのシスカって子も魔術を使っていたみたいだけど、フィリスの知り合いではないんだよね?」
「知らないわ。正規の許可を受けて人間界に来ている魔術師なんて、実習中の学院生くらいしか知らないのよね。」


フィリスはフォークを置き、一昨日の出来事を思い返した。
黒いコートを着た少女。
手にしていた小さな宝箱と、青い魔石が光る細身の小さな杖。そして、途中で取り出した首飾り。
あれはどれも。


「……魔工具だったわ。」


呟きが、穏やかな店内へぽつりと落ちた。
そして、シスカは言っていた。
魔力さえ集めれば、“あの方”が願いを叶えてくれる、と。


(あの方って、誰なのかしら。)


シスカに魔工具を渡し、人間から魔力を集めさせていた者がいるのかもしれない。


「まだ仲間がいる可能性もあるわね。シスカは、あれからどこへ逃げたのかしら。」
「あれ?」


同じように考え込んでいたエミが、不意に首を傾げた。


「そういえば、あの宝箱って、そのあとどうなったの?」
「そういえば……。」


フィリスは腕を組み、記憶を辿った。
宝箱を開け、奪われた力を戻した。
サクが目を覚ました。
その直後、コアが現れてーー。


「初めてのコアに夢中で、すっかり忘れてたわ。」


(もしかしたらまだあの堤防に……。)


そこまで考えたところで、フィリスははっと顔を上げた。


堤防を離れたあと、緋雀は確かにこう言った。
“忘れ物”をした、と。


「ねぇ、緋雀。」


名前を呼ばれた緋雀の肩が、ぎくりと跳ねた。


「もしかして、忘れ物って……まさかとは思うけど。」
「……ごめん、なさい。」


緋雀は身体を小さくし、気まずそうに目を逸らした。


「何がよ。」
「でも、コアとは関係ない、から……。」
「やっぱり持ってるのね?」


フィリスが椅子から身を乗り出す。


「関係なくないわ。アストラシアの魔工具で、人間界の人が被害に遭ったのよ。

 魔術で対抗できる私たちが、どうにかしないと。」
「拾って、警察に届ける、つもりだった。」
「一昨日から?まだ届けてないの?」


フィリスが目を細めると、緋雀の視線が床を泳いだ。


「……アストラシアの警察に、届けないと意味ないと、思って。」
「それはそうだけど。いつ届けるつもりだったのよ。」
「機会、見て……。」
「ふーん?」


何かを隠しているような気がする。
けれど、人間界とアストラシアを軽々しく行き来できない以上、渡す時機を考えていたというのも、分からなくはない。
それより今は、魔工具を調べる方が先だ。


「早く出してちょうだい。」


緋雀はフィリスと床の間で何度も視線を往復させた。
やがて逃げ切れないと悟ったのか、おずおずと一昨日の宝箱と、細身の杖を取り出してテーブルへ置いた。


「触っても大丈夫なの?」


エミが心配そうに覗き込む。


「もう、魔力残ってない。発動しない。」


緋雀の言葉を聞き、フィリスは慎重に杖を持ち上げた。
夜の堤防では杖に見えたが、明るい店内で改めて見ると、ずいぶん細くて短い。
青い魔石の周囲には銀色の細工が施され、先端からは小さな飾りが垂れている。


「あれ?これ、杖じゃないわね。」


フィリスは道具をくるりと回した。


「簪だわ。」


シスカが杖のように振っていたため、すっかりそう思い込んでいた。けれど実際には、髪を飾るための簪だったらしい。


「さっきから言ってる“魔工具”って、どんなもの?」


サクがおそるおそる手を上げた。


「フィリスが持ってる杖とは違うの?」
「それ、私も気になってた。」


エミも真剣な顔で頷く。


「魔工具っていうのは、魔石を組み込んだ道具のことよ。魔石には魔力や魔術を込めておけるから、必要なときに取り出して使えるの。」


フィリスは指先で、テーブルに置かれた簪を示した。


「炎の魔術を込めて火を起こしたり、光の魔術を込めて夜道を照らしたり。日常生活で使う物が多いわ。」
「便利じゃん。オレも欲しいなぁ。」
「話は最後まで聞きなさい。人間界へ勝手に持ち込むのは禁止よ。」


サクが伸ばしかけた手を、慌てて引っ込める。


「私たちの世界でも、全員が魔術を使えるわけじゃないの。だから、起動させるだけなら魔力を持っていない人でも使えるように作られた物もある。」
「じゃあ、あのシスカって子も?」
「ええ。自分の魔術ではなく、魔工具に込められた魔術を使っていたんだと思うわ。」


フィリスが答えると、緋雀が小さく頷いた。


「シスカから、魔力は感じなかった。多分、人間界の人。」
「やっぱり……。」


人間界の少女が、アストラシアの魔工具をいくつも持っていた。
となれば、シスカへ魔工具を渡した者がいる。
おそらく、彼女が口にしていた“あの方”と無関係ではない。


「魔工具には、護身用や戦闘用の物もあるわよ。防護壁の魔術を込めたアクセサリーとか、魔力を通すことで強度を増す武器とかね。」


それまで黙って話を聞いていた緋雀が、袖から一本のナイフを取り出し、テーブルへそっと置いた。


「これも、魔工具。」


赤い魔石を削り出した刀身が、陽の光を受けて熾火のように輝いた。


「綺麗……。」


エミとサクが、揃って息を呑んだ。
フィリスはその反応に、なぜか少しだけ誇らしい気持ちになった。


「そうでしょ。これは魔石そのものを加工して作った武器よ。魔力を通せば、普通の刃物よりずっと強くなるの。」


フィリスの視線が、懐かしいナイフの上で止まる。


「警察官だった父が使っていたの。魔工具には、こういう武器もあるわ。」
「緋雀は持ち込んでも大丈夫なの?」


エミが尋ねると、緋雀は平然と頷いた。


「許可、もらってる。」
「人間界へ持ち込める魔工具は、事前に登録して、特別な許可をもらった物だけよ。」


緋雀は宝箱と簪へ目を向けた。


「これは、許可得てない魔工具。」
「誰かが許可を得ずに、持ち込んだということ?」


エミが顎に手を添えて考え込む。


「多分。でも許可なしで、持ち込むの、ほぼできない。入界規制、厳しいから。」


緋雀が首を横に振った。
フィリス自身も実習へ来る際、王国上層部から発行された許可証を学院から渡されている。申請すれば誰でも簡単に得られるようなものではない。


「そうね。シスカは人間界の人みたいだし、自分でアストラシアから持ち込んだとも考えにくい。」


やはり、誰かが彼女へ渡したのだ。
そこまで考えたところで、フィリスはふと眉を寄せた。


「そういえば、緋雀。」
「……何?」
「なんで、これが許可を得てない魔工具だって分かったの?」
「……へ?」


緋雀の目が一瞬だけ丸くなった。
すぐに視線が泳ぎ、テーブルの上の簪へ落ちる。


「許可得た魔工具、印がある。これには、ない。」


緋雀が自分のナイフに手を翳すと王国の紋章がふわっと浮かび上がった。
それから簪の方にも手を翳すが何も起こらない。
驚いて自分の杖も確かめる。確かに紋章が浮かんだ。


「そんなことまで知ってるの?」
「入界するとき、教えてもらったから……。」
「ふーん。私、聞き逃したのかしら。」
「たぶん……。」


緋雀は神妙に頷いた。
どうやら、うまく説明できたと思っているらしい。けれど、答えるまでに妙な間があったことを、フィリスは見逃さなかった。


(やっぱり、何か変ね。)


気にはなる。
けれど、フィリスの関心はすぐに、目の前の魔工具へ引き戻された。
簪を、宝箱の隣へ置く。


「宝箱に、首飾りに、簪……。」


シスカが使っていた物を、ひとつずつ思い返す。
宝箱には、草花を模した繊細な彫刻が刻まれている。簪にも、小さな花をかたどった銀細工が施されていた。あの夜に見た首飾りも、淡い色の石をあしらった美しいものだった。
どれも、人を傷つけるための道具には見えない。
むしろ、大切な誰かへ贈るために作られた品のようだった。


「変ね。あれだけ危険な魔術が入っていたのに、最初から武器として作られたような物が一つもないわ。」


フィリスの呟きに、エミも真剣な顔で魔工具を見つめた。


「アクセサリーとして持ち込んで武器として使っているのかな。」
「まだ分からない。でも、シスカ単独ってわけではなさそうね。」
「私にも、何か手伝えることある?」


エミが顔を上げる。


「手伝ってくれるの?」
「うん。フィリス、あと九個もコアを探さなきゃいけないんでしょう?この魔工具も手掛かりになるかもしれないなら、私も力になりたい。」
「オレも手伝うよ!」


その言葉は、素直に嬉しかった。
けれど、エミとサクを危険な事件に巻き込むことは、フィリスの望みではない。


「じゃあ、光る石や、変わったアクセサリーの噂を聞いたら教えて。それだけで十分よ。」
「うん、分かった。」
「ただし、自分で危ない場所へ調べに行ったり、怪しい人についていったりするのは絶対に駄目だからね。」


フィリスが念を押すと、エミとサクはもう一度、しっかりと頷いた。


窓から差し込む夕陽が、テーブルに並んだ簪と宝箱を照らす。
柔らかな光の中では、それらは一昨日、人を傷つけた道具だったとは思えないほど、美しく見えた。

 

翌日の夕方。


エンバースの前を通る並木道に、柔らかな秋風が吹いていた。


色づき始めた葉が夕陽を受け、店内の床へまだらな影を落としている。


緋雀は窓際のテーブルを片づけながら、外を静かに見つめていた。


「緋雀。昨日の夜……。」


フィリスが何気なく声をかけた途端、その肩がびくりと跳ねた。


分かりやすい反応に、フィリスは目を細める。


「なかなか速く動けるんじゃない。」


「……え?」


「公務員って言ってたから、事務仕事ばっかりで、あんまり身体を動かさない仕事だと思ってたけど。」


昨夜の戦いを思い出す。


風刃が目の前まで迫った瞬間、緋雀はいつの間にかフィリスの前へ立っていた。


エミが狙われたときも、フィリスが声を上げるより早く、その身体を庇っていた。


「私、緋雀があんなに速く動けるなんて知らなかったわ。」


緋雀は手にしていたカップへ視線を落とす。


「そこそこ、なら……。少しは、鍛えてる……。」


「たまにいないの、もしかして筋トレしてるってこと?」


「そ、そう。よく走り込み、してる。」


言葉を区切りながら答え、何度も小さく頷く。


「ふーん。」


フィリスは腕を組み、緋雀の顔を覗き込んだ。


明らかに狼狽えている。


視線は合わないし、カップを拭く手もいつもよりぎこちない。


けれど、嘘を言っているようにも思えなかった。


実際、あれほど素早く動くには、普段から身体を鍛えていなければ無理だろう。


(何をそんなに筋トレでおろおろするんだろう。)


緋雀は昔から、褒められることに慣れていない。


隠れて鍛えているところを知られ、恥ずかしがっているのかもしれない。


そう考えていると、緋雀が急に店の奥へ顔を向けた。


「あ、店長、呼んでる。」


「え?何も聞こえなかったけど。」


「呼んでる。たぶん。」


緋雀は空になったカップを重ねると、そそくさと店の奥へ入っていった。


(逃げた。)


その背中を見送りながら、フィリスは首を傾げる。


最近、緋雀の様子がおかしい気がする。


外をじっと見ていたり、突然いなくなったり、聞いても「なんでもない」としか答えなかったり。


もう少し問い詰めようかと思った、そのときだった。


「注文お願いしまーす!」


店の奥から客の声が響く。


「はーい!」


フィリスの意識はすぐに仕事へ切り替わった。


伝票を受け取り、カウンターへ戻ってコーヒー豆を挽き始める。


やがて香ばしい匂いが広がり、店内の会話に耳慣れた機械音が重なった。


「昨日の事件、解決したんだって。」


近くのテーブルから聞こえた言葉に、フィリスの手がわずかに止まる。


「堤防で倒れてた人たち、みんな意識が戻ったらしいよ。」


「よかった。でも、結局原因は分からなかったみたいだね。」


「魂を抜かれたって噂、やっぱり嘘だったのかな。」


学生たちは安心したように話している。


フィリスは何も知らないふりをして、カップへゆっくりとコーヒーを注いだ。


(よかった……。みんな、無事だったんだ。)


昨夜、小箱を開けた瞬間に飛び出した無数の光。


街の方角へ消えていったあの光は、きちんと持ち主のもとへ帰れたらしい。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


フィリスは緩みそうになる口元を、きゅっと引き結んだ。


人前で得意げに笑うわけにはいかない。


魔術のことは秘密なのだから、「私が助けたのよ」と名乗ることもできない。


それでも。


(あの箱を開けて、みんなの力を戻したのは私だもの。)


少しくらい、心の中で胸を張ってもいいだろう。


昨日まで原因も分からず苦しんでいた人たちを、自分の手で助けられた。


その事実が、初めて手に入れたコアと同じくらいうれしかった。


フィリスは誰にも見られないよう、こっそりと口元を緩めた。


窓際の席では、エミとサクがいつものように教科書を広げていた。


「今日の試験、思ったより簡単だったね。」


「マジか!それはエミだけだって。でも、昨日教えてもらったところは、オレもできたよ!」


「本当?よかった。」


エミが嬉しそうに微笑む。


サクはすぐに頬を赤くし、誤魔化すように教科書へ顔を落とした。


昨夜あれほどのことがあったのに、二人の間にはもう穏やかな時間が戻っている。


フィリスはコーヒーを運びながら、二人へ笑いかけた。


「ずいぶん仲がいいのね、二人とも。」


「えっ!?」


サクが勢いよく顔を上げる。


「そ、そんなんじゃ――いや、仲はいいけど!よくなりたいけど!」


慌てるサクを見て、エミがくすくすと笑った。


その笑い声につられ、フィリスも頬を緩める。


夕陽がテーブルを照らし、カップから立ち上る湯気が、昨夜の残り火のように揺れていた。


フィリスは胸元へ手を添える。


ペンダントの中では、初めて回収した橙色のコアが静かに輝いている。


残り二か月、あと九個。


先はまだ長い。


それでも、昨日までのゼロとはまるで違って見えた。


「あと九個。なんだ、意外といけそうじゃない。」


フィリスの呟きを聞き、エミが教科書から顔を上げた。


「昨日、落第寸前だって聞いたばかりだけど。」


「緋雀は言わなくていいことまで言うんだから。」


フィリスは不満そうに唇を尖らせる。


「それに、昨日の私は昨日の私よ。」


「一個見つけただけで、そんなに変わるものなの?」


「最初の一個が一番難しいの。

 見つけ方はまだ分からないけど、一個あるなら、残りもどこかにあるってことでしょ?」


自信満々に胸を張るフィリスを見て、エミがくすくすと笑った。


「そうだね。フィリスなら、きっと見つけられるよ。」


冒頭で緋雀に言われた言葉が蘇る。


根拠のない自信だと思っていた。


けれど、今はエミの言葉を素直に受け取ることができた。


「当然よ。」


フィリスは腰へ手を当て、胸を張った。


「今日から巻き返すわよ!」


エミの楽しそうな笑い声が、夕暮れのエンバースに広がる。


昨日まで真っ白だった実習記録に、ようやく最初の一行を書き込める。


魔術師になるための一歩を、フィリスはようやく踏み出せた。

 

 

 

二人が笑い合うのを見ていたサクが、不意に声を上げた。


「あっ!そうだ!」


勢いよく制服のポケットを探り始める。


「どうしたの?」


エミが首を傾げる。


サクが取り出したのは、淡い花柄のハンカチだった。


洗って丁寧に畳んであったが、意識を失っている間も握っていたためか、端に少しシワがついている。


「これ、返しそびれてて……。」


エミもハンカチを見て目を瞬いた。


「本当は、最初に会ったときからずっと話しかけようと思ってたんだ。」


サクは照れくさそうに頭の後ろを掻く。


「エンバースにいるのを何度か見かけてたけど、なかなか勇気が出なくて。

 オレ、こんな感じだし、急に話しかけたら変に思われるかなって……。」


「こんな感じって、どんな感じよ。」


フィリスが口を挟むと、サクは困ったように笑った。


「話しかける前に自転車ごと植え込みに突っ込む感じ。」


「確かに格好はつかないわね。」


「自分でも分かってるから言わないで!」


エミが口元へ手を添え、くすくすと笑う。


その笑顔に勇気づけられたのか、サクは手の中のハンカチへ目を落とした。


「でも、これのおかげできっかけをもらえた。エミと話せたし、また明日も会えるようになったから。」


一度言葉を切り、エミをまっすぐ見る。


「ありがとう。」


そっと差し出されたハンカチを、エミが両手で受け取った。


「あげるつもりで渡したのに。」


「えっ?」


サクが目を丸くする。


「転び方がすごかったから、返しに来る余裕なんてないと思ってた。」


「オレ、そこまで心配されてたのか……。」


「でも、わざわざ洗って持ってきてくれたんだね。」


エミは大切そうにハンカチを胸元へ寄せた。


夜風に、ゆるく編まれた長い三つ編みが揺れる。


ほどけた細い髪が頬へかかり、エミはそれを耳へかけた。


街灯の淡い光が、長い睫毛と整った横顔を柔らかく縁取っている。


少しだけ頬を染め、いつもの落ち着いた表情を崩していた。


嬉しさを隠しきれないように目を細め、サクへ微笑みかける。


「ありがとう、サク。大事にするね。」


サクは返事を忘れた。


呆然とエミを見つめたまま、頬がみるみる赤くなっていく。


開きかけた口からは、声一つ出てこない。


(これはまた、完全に見惚れてるわね。)


フィリスが内心で微笑んだ、その時だった。


胸元のペンダントが、突然熱を帯びた。


「え……?」


先ほどまで消えかけていた紅い石が、目を開けていられないほど強く輝く。


同時に、サクの胸元から橙色の光がふわりと溢れ出した。


「な、なんだこれ!?」


サクが慌てて胸を押さえる。


橙色の光は二人の間をゆっくりと漂いながら、一つの場所へ集まっていく。


光が重なり、凝縮し、少しずつ形を変える。


やがて現れたのは、指先ほどの小さな結晶だった。


透明な宝石のような表面。


その内側では、温かな橙色の光が、灯火のように揺らめいている。


結晶は夜空から降りるように、サクの手のひらへ収まった。


四人はしばらく、誰も言葉を発せずにそれを見つめていた。


最初に我に返ったのは、フィリスだった。


「もしかして……コア?」


目を見開き、結晶とペンダントを交互に見る。


紅い石は間違いなく、サクの手の中にある結晶へ反応していた。


一ヶ月間待ち続けた、本物の反応だ。


「これが、フィリスの集めてるやつ?」


サクは何が起きたのか分からないまま、手のひらを差し出す。


「多分……。今、サクから出てこなかった?」


「うん。オレから出てきた。」


「えっ、サクの身体、大丈夫なの……?」


フィリスが呆然としたままサクに問うと、
サクは両腕や胸を慌てて触り、異常がないか確かめる。


「痛いところはある?」


「ない。むしろ、さっきより元気。」


「本当に、もらってもいいの?」


フィリスが念を押す。


「うん。何なのか分からないけど、フィリスが必要なものなら。」


サクは橙色の結晶を、フィリスへ差し出した。


「助けてもらったお礼。持っていってよ。」


フィリスは、壊れ物へ触れるように両手で受け取った。


ほんのりと温かい。


けれど、魔力とは違う、不思議な感触だった。


「本当に……コア、なのよね?」


恐る恐るペンダントへ近づける。


紅い石が強く輝いた。


それに応えるように、橙色の結晶も一度大きく明滅する。


次の瞬間、コアは光の粒へ変わり、ペンダントの中へ静かに吸い込まれていった。


紅い石の奥に、小さな橙色の光が灯る。


フィリスはしばらく、その光を見つめていた。


一ヶ月間、どれほど探しても見つからなかった。


実習記録へ書くこともできず、何度も落第を覚悟した。


それが今、確かに目の前にある。


「やっと……。」


喜びが、じわじわと胸の奥から込み上げてくる。


「やっと、一個目!」


フィリスは両手を上げ、その場で飛び跳ねた。


「やったー!」


勢いのまま緋雀へ両手を差し出す。


緋雀は一瞬目を瞬いたあと、静かに手を合わせた。


ぱちん、と乾いた音が夜の堤防に響く。


「見た!?本当に一個目よ!これであと九個だわ!」


「うん。よかった。」


「フィリスって大人っぽいと思ってたけど、意外と子どもっぽいんだね。」


エミが笑う。


フィリスのあまりの喜びように、サクも緋雀も笑っていた。


しばらくして、四人は堤防を下り、街灯の並ぶ夜道を歩いていた。


フィリスは何度も胸元のペンダントを持ち上げ、石の奥に宿った橙色の光を眺めている。


見間違いではないかと確かめるたび、頬が緩んだ。


その途中で、緋雀が不意に足を止めた。


「緋雀、どうしたの?」


フィリスが振り返る。


緋雀は来た道へ目を向けていた。


暗い堤防の先を、何かの痕跡を探すように見つめている。


「……忘れ物。」


「堤防に?」


「うん。すぐ戻る。」


「何を忘れたのよ。」


緋雀は少し考えたあと、視線を逸らした。


「……確認、してくる。」


よく分からない答えだった。


いつもならもう少し問い詰めるところだが、今のフィリスは初めてのコアで頭がいっぱいだった。


「じゃあ、私は先にエミとサクを送っていくわ。気をつけてね。」


「うん。」


緋雀は小さく頷くと、一人で来た道を引き返していった。


その背中を見送ったあと、フィリスは再びペンダントへ目を落とす。


「……やっと、一個目。」


何度口にしても、胸が高鳴る。


「ふふっ。」


「よかったね、フィリス。」


エミが隣から顔を覗き込み、柔らかく微笑んだ。


「本当によかった。これで落第しなくて済みそう。」


「まだ一個なんだろ?」


サクの指摘に、フィリスは顔を上げる。


「最初の一個が見つかったんだから、あとは勢いよ。残り九個くらい、すぐだわ。」


「急に強気になった……。」


サクは呆れたように笑ったあと、何かを思い出して足を止めた。


「そういえば、まだ試験期間終わってないんだった……。」


頭を抱え、その場にしゃがみ込みそうになる。


「逃げ出したい……!」


「あんた、エミに教えてもらってたじゃない。」


「数学は何とかなりそう。でも、その次は一番苦手な現代文なんだ。」


「じゃあ、明日はエンバースで現代文をみっちり勉強しようね。」


エミが楽しそうに言う。


サクは顔を上げた。


「みっちり勉強かぁ……。」


少しだけ苦い顔をしたあと、エミを見て頬を緩める。


「でも、また一緒にできるのはうれしい。」


口に出してから、自分が何を言ったのか気づいたらしい。


サクの顔が一気に赤くなる。


エミも少し頬を染め、手にした花柄のハンカチへ目を落とした。


フィリスはそんな二人を見比べ、声を上げて笑う。


三人の笑い声が、冷たい秋の夜道に明るく広がっていった。




その頃。


街の裏路地を、一つの影がよろめきながら進んでいた。


表通りの明かりは、背の高い建物に遮られて届かない。


細い路地には冷たい風が吹き抜け、軒先に吊るされた古い看板が、きい、と不気味な音を立てている。


シスカは焼かれた肩を押さえ、壁に手をつきながら歩いていた。


「こんな……はずじゃ……!」


足を一歩進めるたび、肩の傷が熱を持って痛む。


それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。


箱を失った。


集めた魔力も、すべて奪い返された。


せめて、この場から逃げなければならない。


シスカは荒い呼吸を繰り返しながら、暗い路地を進んだ。


もう少しで表通りへ出られる。


人混みに紛れれば、追ってくる者がいたとしても見失うはずだ。


そのとき、行く手に黒い影が落ちた。


シスカの足が止まる。


路地の出口に、一人の影が立っていた。


街灯を背にしているため、表情は見えない。


けれど、風に揺れる赤茶の髪には見覚えがあった。


「……さっきの。」


シスカの顔が引きつる。


緋雀は何も答えなかった。


路地の中央へ一歩踏み出す。


靴音が、静まり返った石畳に硬く響いた。


シスカは反射的に後ろを振り返る。


誰もいない。


逃げ道は残されているように見えた。


けれど、背を向けた瞬間に追いつかれる。


身体がそう告げていた。


「わざわざ追ってきたのか?」


驚きを隠すように、シスカは苦い笑みを浮かべる。


緋雀の表情は変わらない。


静かな声で、淡々と告げる。


「未登録魔工具の、持ち込み、および使用。」


シスカの笑みが消える。


「複数名に対する、傷害行為。」


青白い光が、緋雀の指先に灯った。


細い光が空中で弧を描き、小さな輪を形作っていく。


シスカは息を呑んだ。


「……何者なの、あんた。」


緋雀は答えない。


その沈黙が、何よりも不気味だった。


「捕まってたまるか……!」


シスカは首元のひび割れた魔石を握りしめた。


残された魔力を無理やり引き出す。


亀裂の間からいくつもの風刃となって緋雀へ放たれた。


狭い路地を、鋭い光が埋め尽くす。


緋雀は動かない。


一発目が眼前まで迫った瞬間、ようやくナイフを振り上げた。


バチンッ、と激しい音が響く。


風刃が弾かれ、路地の壁へぶつかった。


石片と火花が散り、シスカの視界を覆う。


「これでーー」


煙の向こうへ目を凝らす。


そこに、緋雀の姿はなかった。


「え……?」


残りの風刃が、誰もいない路地を通り過ぎていく。


次の瞬間、背後に気配が現れた。


振り向くより早く、魔工具を握っていた手首を掴まれる。


「いつの間に――!」


腕を捻り上げられ、足を払われた。


視界が大きく回転する。


背中から石畳へ叩きつけられ、肺から息が押し出された。


「かはっ……!」


痛みに身体を丸める間もない。


青白い光の輪が、シスカの両手首へ絡みつく。


輪は一瞬で縮まり、両手を背中側で固く拘束した。


ひび割れた首飾りが手から滑り落ちる。


緋雀はそれを拾い上げると、光を失った魔石を一度だけ確認した。


そのまま、倒れたシスカを無言で見下ろす。


緋雀の目が、わずかに細められる。


袖から小さな魔石を取り出した。


緋雀の手の中で、石が淡く光った。


「対象を確保。」


短い報告のあと、通信石の向こうから、誰かの声がかすかに返る。


何を告げられたのか、シスカには聞き取れなかった。


やがて石の光が消え、狭い路地に再び暗闇が戻る。


冷たい風だけが、何事もなかったかのように二人の間を吹き抜けていった。