汗ばむ毎日、薄着ってもTシャツ1枚が限度、腹壊し易いので(有れば)腹巻したい状況です。まるでバカボンのパパ。数ヶ月前にジャージの紺のブレーカー一番上に、小雨なのでフードを掛けた姿を玄関の姿見鏡中に何とドラえもんを見てしまった。丸顔紺の縁取り、眼鏡。大山のぶ代っぽく「ボ〜ㇰ、ドラムカン」と言ってしまいそうだった。

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写真左上がエルブルフ・ヨットハーバー。濃い緑の林に、さえぎられてバンガローがある。

一ヶ月前のElburg エルブルフは今回4度目。2回目の時にユックリとブルク砦城壁内散歩をした際に教会囲む土手にシューベルト・ドイツミサの1番の歌詞が刻まれたブロンズ碑があった。曰く、エルブルフの男声合唱団がバス旅行でドイツを走行途中事故での犠牲者を追悼するもの。ドイツミサはラテン語歌詞の訳で無く、式の進行に素直に馴染める詩にシューベルトが曲を付けた経緯があり、本来ならドイツ語ミサと言うニュアンスである。僕の拙いヒアリング力であろうと最初のフレーズは染み入る。"嬉しい時も悲しい時も(心の中での)Du/Thouに救われる。" 、(菩提樹の歌詞嬉し悲しに問いし其の影、ドイツ語歌詞だともっと情景が似て来る) どの宗教も人間の規範を教える物で、誰でも何時か思う事を伝えている。ドイツの家族カトリックだが、3月にベルギッシュ( デュッセ東北・東南の山岳地帯)のHattingen のチャリティーコンサート会場はプロテスタント教会であった。歌う間舞台向かって左袖にはステンドガラスでルターが聖書を指差す像・厳しい眼があった。「おっ怖い」と思う反面、当時免罪符等で信仰の安売りに対抗した人と見ると怖い親父に見える。ドイツ語の平坦化に寄与した人物で彼の作である歌詞もメンデルスゾーン作曲で歌った。Verleih uns Frieden. その時、シューベルトの上記ミサから合わせてHeilig(Engl. Holy / Lat.Sanctus )を歌った。この曲は1曲目と同様大好きで、オランダ国境近くのドイツの合唱団でも教会で歌った。其処の指揮者が女声コーラス指導してる関連からケルン西方の修道院では8-9曲の中から6曲を歌った。修道院コーラス幹部からのリクエストで其れも2フレーズずつ、相当疲れた。

(聖なるかな)" 神様は、人類生まれた時から我々を看て居るのだから、Nie begonnen /immer-dar. 何時も'dar' って(何かを成して)いる事見たい。神様は"見守っておられる。" 演奏会で演目をDarbietung(演奏して)お見せする事。

昨年日本を出たのが今頃、お盆の時期だった。何故かを考えるのも良いかな。

(ユーチューブでひろった日本語歌詞)
Heilig は 236 聖なるかなの様です。
他に「きよききよき」と言う歌い方もあります。


シューベルトの下宿と周りに集う友を扱った映画も思い出す。Das Dreimäderlhaus (1958) 3人娘のいる家で、写真左がR.Schock(テナー)、右端がE.Kunz(バリトン)、シューベルトが想いを寄せてセレナーデ作曲するも、此れをショックに託して歌わせると、さぁて点・点・パシッパシッと講談ならハリセン。

娘達の姿も18-9世紀、風と共に去りぬの1860年頃超え日本が洋服に替わる100年前のお話。日洋の違いあれ、埼玉の天井板無く梁丸見えの黒い・暗い屋根裏をおもいだす。

ショックとクンツが連携して「菩提樹」を歌うシーンがユーチューブに有りました。Am Brunnen vor dem Toreは歌出し(泉に沿いて)、右上 ORFはオーストリア国営放送。
3SATはドイツ語圏3国独墺瑞共同番組。

ARDドイツ第1 / ZDFドイツ第2
NR/WDR/HR/SR(SWR)/MDR/RBB/BR
Radio Bremen各ローカル(第3)
3SAT (ZDF,ORF,SRF)
Arte (ARD+ZDF, フランス)
**民放
Kabel1 Sat1 ..
RTL RTL2 VOX..
Netflix, Disney Skyは国跨いでる。



** 雑記の更に雑記**

江東区白河のインターナショナルの学校の対面トイメンにコンクリ建てのお寺がある。一寸北の森下界隈にインド系レストランが少なくとも2軒ある所から学校にはインド系の子供らが行ってそうで、インド語挨拶のナマステと交差点でビラ配りしてた女の子に小声で言って驚かれた事がある。ナンマイダーの南無阿弥陀仏の南無ナムとナマステ前半が似てるので、、アヴェ・マリアのAve がラテン語で挨拶とかから相当雑な解釈をしている。【こんにちは仏様。一寸要事で伺います。】難しく帰依と言われると正座+心と足がしびれる。因みに、子供らがEx嫁と毎週教会ミサへ行ってた頃、僕も教会へ主向いてたけど、居眠りした回数数知れず。讃美歌番号を前もって表示してる所ならまだしも、内の教会はオルガニストがその段になってZum Sanctus singen wir 349とか、僕は、ドイツ語の数字のヒアリングに手間取った。ゴテゴテの⚪☓さん。嫁に「何番?」(派手なイビキはしてなかったと思うけど、皆ゴソゴソ立ちだすと起きる)

MrBeanの教会ギャグそのまま。ただし、其れでも初見楽譜且つ2番目以降別記の時は他の人よりもまともに歌ってた。何せ歌う人少ないし、これ見よがしに朗々と歌う年配女子(オバサン)あり。其れでも数年後にはイースターならここいら辺、クリスマス前ならここらかなと勘が利くように成った。但し、たーだーし、であるが、イタリア的発音はご法度。イン・ネクス・チェルシス・デオと歌った事が初めの頃あり、周りからドン引きされた経験を持つ。声も大きかった。

チェルシスでなくツェルシス、チャチュチョは目立つから。deus/Deo 神様に関してit.Cielo/fr.ciel お空・天に居られる所への敬いの意味にあの外国人がやったか。天・点・批判注目の点。数年後、地元合唱団でヘンデルのハレルヤを男声合唱版でお披露目した時は、各パートを全部覚える位に意気込んだ甲斐あり。コンサート後にスーパーで行き交う知らない小学生に挨拶される程面目躍如であった。あの曲は各パート共に旋律を大波小波の様に重ねる、浮世絵の「神奈川沖浪裏」のBigWavesの構造であった。

5月第2日曜(母の日)には定期的に老人ホームでティータイムコンサートもしていた。東洋人且つメロディパートだから、テナー前に陣取るお婆ちゃんファンまで出来てしまった。回顧解雇カイコのシュウリンガン。(長くなりそう矯正自主カット)


 印欧言語と言われ東はインド(サンスクリット)、イラン(ペルシャ)一寸間が空いてギリシャ西へローマ・ケルト北へゲルマン。ギリシャから北へスラブ。と大きな言語家族のサキッチョの国。ビートルズも(特に)ジョージ・ハリスンに影響を与えたし、今やボリウッドで世界一の映画大国でもあるから、ウラボン盂蘭盆を気に一寸親近感を味わってた。中華で付けられるチップスを大袈裟な大きさ、一寸ちぎりながら頂く「ナン」と飲むヨーグルト=ラッシーの2つは何処でも大差無く味わえる。作る手間がかかるのか、此れだけを看板でラッシーTo-go (テイクアウト)は今まで見たことが無い。店側のコスパ問題かも知れない。