リハビリ登山 第二段

 

癌手術をきっかけに

20年ぶりの登山再開をしたくて

リハビリ登山の第二段として大倉尾根に行ってきました。

 

大倉尾根は、道場ともいえる山でした。

冬山前にトレーニング歩荷で体力を確認したり、

沢登りに行ったり

思いついたら散歩に行く感覚で登りに行ったりしていました。

 

通いなれた大倉尾根に登ることで

自分の体力を推し量ることができます。

うろ覚えですが、当時は軽装で往復3時間、

30キロ担いで往復5時間を目安にしていたと思います。

今となってはそんなことよりも

頂上までたどり着くことができるかが不安でした。

 

8:20 自宅出発

9:50 大倉バス停の駐車場に到着

    20数年ぶりの大倉バス停

    なんか少し変わったような気がする。

10:10 登山開始

    歩き始めてすぐに、何人かの方が横を追い抜いていく

    試しに同じペースで歩いてみようとしたが、

    駄目だ、すぐに息が上がってしまう。トホホ

    それよりも、頂上に無事たどり着けるかが課題だ。

    体力温存させるつもりでゆっくり行こうと言い聞かせる。

10:55-11:05   見晴茶屋

    懐かしいなあと思いながら休む

    すでにパンパンに張り始めているふくらはぎと

    太ももの筋肉に不安を覚え始める

12時頃 堀山

    このあたりから、足の付け根の筋肉が痛くなり始める

    途中、どうみても70代半ばにしか見えないおじいさんが

    横をスタスタと抜いていった。

    元気なご年配を見ていると、頑張れば年をとっても

    登山を楽しめるのだと、希望を与えてくれる。

    尊敬のまなざしをもって、視界から消えていく

    おじいさんを見送った。

13:15-14:00 塔ノ岳山頂 

    ヘロヘロになって到着

    とても人が多い

    人の多いところが苦手なので、

    丹沢山側にまわりこんだところでくつろいだ。

 

 

塔ノ岳にて 疲れ切った顔

 

14:00 下山開始

     あー駄目だ

     左の膝が痛い。    

     筋肉が硬直しているので

     膝に負担がダイレクトにかかってしまうようだ。

     ストックをたよりにヨタヨタと下山を開始。

16:20にヨレヨレとなって下山を完了した。

 

下山口で筑波大学の学生が

卒論の資料集めのためのアンケートを実施していた。

鹿に関するアンケートに記載し

売店で甘酒と味噌田楽買って

帰途につきました。

 

反省点

ひざ痛対策として、筋力強化

柔軟性のアップに本腰入れないと

まともに下山もできない

 

基礎体力もアップしないと駄目だなあ

心肺機能がすぐに150を超えてしまうし

翌3日間ほどはすさまじい筋肉痛に襲われました。

日帰りの軽装で、こんなことになることが

信じられなくて力の衰えをまざまざと痛感

とはいえ、登りきることができて本当に嬉しかった。

 

道のりは遠いが、楽しく続けていこうっと

今年は大変な1年でした

 

6月10に大腸癌で入院

6月11日に手術して、6月17日に退院

翌日から仕事復帰

自営なので休めないのが辛い

たまった仕事をこなすためフルで業務をしていたけれど

19日の夜に腹部に猛烈が痛みを感じ倒れて

救急車で再入院

23日に無事退院

またまた翌日からフルで業務開始

こんどは、7月上旬に39度の高熱

コロナかと思いまたまた病院検査も陰性

 

そんなこんなで7月の上旬には体がボロボロになっていました。

入院前から、運動不足、体脂肪率の増加、脂肪肝という

問題があったり、手術の際には、脂肪が多くてやりにくかった

などを医師から聞かされたりで、

手術も無事に終わったからには、体を大事にしようと

思い立ちました。、

そこで20年以上遠ざかっている登山を再開することを目標に

掲げることとしました。

3~4年に一度、家族でハイキングには出かけていましたが・・・

 

もともと運動不足だったこと、

約1か月の間に2度の入院と、退院後も高熱で病床に伏すなど

下半身の筋力が極めて衰えてしまいました。

 

7月半ばから、1週間に1~2度のペースで4キロの散歩をしたり

すこしずつ筋力トレーニングなども開始しました。

患部が痛むので、走ることができるようになるのは、

8月くらいだったかな

 

なんとか4キロを歩けるようになってきたので

復活の登山、というかハイキングですがを思い立ち

以前登ったことのある金時山に行くこととしました。

 

行く前は、本当に登れるのかという

不安が結構ありました。

 

今記録を書いているのが、11月なので

詳しい事は忘れましたが、ほぼほぼコースタイムで

歩けたことが何よりもうれしかったです。

 

 

コロナ禍の登山で、マスクなどをどうして良いか分かりません

でしたが、マスクをしている人の割合は半分くらいだったような気がします。

 

帰りには、これまた久しく訪れていなかった、富士霊園にある

先祖の墓に立ち寄ることが出来ました。

ご先祖様にこれまでの事やこれからの事などを

語りかけることができて、自己満足に浸りました。