私の父は強烈な個性の持ち主だった。

外見や言動がヤーさんっぽかったので、父親がよく「お父さんはカタギや」と言うのを大人になるまでカタギは半分ヤクザと言う意味なんだとずっと思っていた爆笑

家では怒られまいといつもビクビクしていて、学校にいるほうが気が楽なくらいだった真顔

父は自身の父も癌で早く亡くし、貧しかったため中卒だった。だから学歴にコンプレックスがあったのだろう、子どもの勉強にものすごく厳しかった魂が抜けるいくらクラブ活動でいい成績を収めても褒められたことはなかった。学業が疎かになれば辞めさせられていただろう。内職のような自営業で比較的自由がきいても、1度も試合を見に来てくれたことはなかった。

確かに私の子どもの頃は親が子どもにそこまで熱心な時代ではなかったが、熱心な親もいた。

あとすごかったのは潔癖症。レジで貰ったお釣りはお札も洗う。キレイなお金はビニール袋に入れる凝視

お陰で父親が汚いイメージは思春期の頃もなかった爆笑弟は新聞紙を引いた上に車に乗せられていた。もちろん土禁。

そんなこんなで私は父を反面教師にして、学校行事や試合は全て見に行くし、ある程度の汚れは気にならないし、いくらでも車で送ってあげた。

私が23のときに父は癌で亡くなったが、未だに忘れ難いインパクトのある父であった魂が抜ける