目黒不動尊を出て、本当は江戸川区の目黄不動尊へ行きたかったのですが、あまりの渋滞の酷さに他のお寺を巡る時間を考えて断念、皇居を過ぎて北上、東大のある駒込の方面に向かいました。


本郷の東大の通りを真っ直ぐ駒込の駅の方へ進むと目赤不動尊さんがあります。




先週の板橋区の次の札所がこの目赤不動尊さんなんですよ。順番を守ってお待ちすると、本来はこちらが先なんですけどね〜


この目赤不動尊さんには駐車場がありませんので、近くのコインパーキングをと探したのですが、どこも満車で😱周辺を走り回り、少し離れた場所でようやく車を止める事が出来て、歩いてお寺へ向かいました。途中、気になるお寺や神社が幾つもあり、東京は本当にお寺や神社が多い場所だな〜と思いました。まあ、元々は巨大な神社やお寺があり、それが細かくなっただけだと思うのですが、駐車場から15分ほど歩きましたが、お寺が5箇所もありました。


関東三十六不動霊場 第13番札所 目赤不動尊 正式名称は大聖山 東朝院 南谷寺さんと言います。


門を過ぎると正面が本堂



右側に赤目不動のお堂があります。

小さなお寺ですが、歴史的には凄いお寺なんですよ。

こちらも先ほどの目黒不動尊と同じで徳川家三代将軍の家光さんが関わってます。

この五色のお不動さんも、この家光さんが鷹狩の際に立ち寄ったお寺で、その後命じて出来たそうですから、厄除け火避け意外にも何か他にも理由があったのでしょうね。

御朱印を頂いて、駐車場へ向かう帰り道、途中で気になった大きなお寺がありまして…

吉祥寺をです。

吉祥寺と言うとお洒落な街の方を創造しちゃいますよね😅ここは駒込なので、町の名前の由来では無いのはすぐ判ったのですが、とにかく大きなお寺だったので気になってお参りしました。
実は吉祥寺には吉祥寺と言うお寺は無くて、こちらの駒込にあるお寺も、元々は江戸城の和田倉門近くにあったそうですが燃えたり、移築したりしてこの地にあるそうです。

門を過ぎると参道が広く、大きな木があり静かな境内、参道の両側はかなり広いお墓でした。

こちらが本堂で、御本尊が解らなかったので事務所さんで聞くと釈迦如来さんでした。

お寺の正式名称は諏訪山 吉祥寺さんです。

折角、お参りしたので、御朱印を頂いてきたのですが、御本尊ではなく、旃檀林(せんだんりん)と書いてありました。
こちらが御朱印です。

何故これなのか?と話をお聞きすると、元々、こちらのお寺には沢山の書物があり、沢山のお坊さんが勉学をする場所であったそうで、なるほど駒沢大学(駒沢大学にはお坊さんになる為の学部があります)の前身であると説明がありました。
こちらの御朱印は後、茗荷稲荷と書かれた御朱印がありまして、こちらは疫病が流行った時にご利益があったそうで厄除けになると信心されているお稲荷さんだとの事。門の過ぎて左側にありますよ😉と説明されました。

そんな話を聞けて、立ち寄って良かったなーと、お堂を後にして門の所に戻る途中に、先ほどの話の茗荷稲荷さんをお参りして

このお稲荷さんの横にこんな石碑がありまして…

お七 吉三郎?ってなりますよね。これ時代劇お好きな方ならピンとくるとと思います。

お七さんは、八百屋お七と言いまして、江戸最大の大火事の明歴の大火(振り袖火事でも有名です)を起こし江戸の街を三日間燃え続け江戸城の天守閣が燃え落ちた有名な火事の火付けをしたと言われている娘さんです。

このお話は時代劇ではかなり何度も出てくる話ですし、落語や講談でも有名な話なのでご存知の方もいると思います。

時代劇などの振り袖火事の話を簡単に説明すると、火事が起きた時に、江戸時代は自分達の住む場所の近くのお寺へ庶民は避難しました、お寺は塀などで囲まれているし、大きいので避難場所に指定されていたのです。
火事の時にお寺に避難したお七さんが、綺麗な寺男さんに一目惚れしてしまいまして、火事を起こせばお寺に行き、素敵なあの方に会えるとの思いから何度も火をつけてはお寺へ避難すると繰り返してしまい、それが大火事になってしまったと言う話です。

振り袖に付いた火があちこちに飛び火して大火事になったとの説もありますので、この話は検索して確認してくださいね😉

そんなお七さんの事なのかな?と気になりましたが、このお寺とどう関わりがあるのか解らないし、最後は???でお寺を後にしました。

次は隣の目白不動へ向かいます。