どのような良い言葉や素敵なセリフでも、相手に響く場合と響かない場合があります。

 

 



「人にできて、君にだけできないことなんてあるもんか!」

 

 


これは、竹馬に乗ることをあきらめかけていたのび太に対して、ドラえもんがいった言葉です。

 

 

 


こういわれたのび太は、こけて傷だらけになりながらも、竹馬に乗ることができました。

 




素晴らしい声かけですよね。

 

 

 


ドラえもんからこんな言葉を言ってもらえたら、私も色々なことにがんばれそうな気がします。




ですが、同じ言葉を、普段から自分に対してきつい言葉や厳しい要求ばかりしてくると感じている上司に、いわれたとしたらどうでしょう?

 

 

 


「さぁ、がんばろう!」と思えるでしょうか?

 

 






ポジティブな内容であっても、相手としては、自分を応援してくれている、励ましてくれているつもりでも、ポジティブに受け取れる場合と、ネガティブに受け取る場合がありますよね。




それは「がんばれ!」というようなシンプルな言葉でも同じです。

 

 

 


一般的には相手を応援する、励ます言葉であっても、いわれる相手によっては

 

 

 

 

「こんなに頑張っているのにまだ頑張れっていうの!」

 

 

 

 

「この人は私の頑張りを見てくれていない。」

 

 

 

 

「これはきっと嫌味で言っているんだ・・・。」

 

 

 


このように受け取られる残念な場合もあります。

 




この違いは、どこからくるのでしょうか?

 




それは相手との『信頼関係の有無』です。





普段から良い関係を築いていれば、ポジティブな言葉は、相手のやる気を引き出し、力になります。



信頼関係があれば、「このくらいの事できなくてどうするんだ!」

 

 

 

 

このようなネガティブとも受け取られかねない言葉でも、

 

 

 


「自分の事を思って言ってくれているんだ。」

 

 

 


と受け止められて相手の力になる場合もあります。

 

 

 

 

 

 

 

「アリとトンビとトンボ」とは、三つの「眼(見方)」をもつことが大切であることを比喩的に表現しているものです。  

 

 

 

まず「アリの眼」です。

 

 

 

 

アリは地上や地中を歩き回りながら、細かなものをつぶさに観察しています。

 

 

 

 

アリのように、何気ない振る舞い、小さな行動や発言などに気を配ります。

 

 

 

 

心や表情に起こった小さな動きを敏感に感じ取る繊細さが求められます。

 

 

 

 

微視的に観察する眼です。 

 

 

 

 

次は「トンビの眼」です。

 

 

 

 

トンビは 空高く悠々と飛びながら、地上を広く見渡しています。

 

 

 

 

子どもの成長・発達の状況を観察・理解するとき、トンビのように一定の距離をおいて巨視的にとらえることも大切です。

 

 

 

 

一人の人間として総合的にとらえる視点です。 

 

 

 

 

そして、いま一つは「トンボの眼」です。

 

 

 

トンボは、複眼をもっています。

 

 

 

これは、複数の見方で、多面的に観察することです。

 

 

 

 

複数の人が観察することによって、 一人では気づかなかったよさや取り柄が見えてきます。  

 

 

 

 

アリの眼(微視的に)、トンビの眼(巨視的に)、そしてトンボの眼(多面的に)は、大切にしたい見方だといえます。