個とうい強さ、
孤独への恐怖、
個を恐れない、個でも立ち向かっていける強さ、
わかっていても実践する事は大変に難しい事であります。
「生きる価値はある、神様は居る」誰もが反対しても自分だけは最後まで信じる事が出来る強さが、信仰でありキリスト教なんだろうか。
だとすれば、本当に孤独な事だよね。
十字架という当時の社会的価値観で負であったものを正(価値あるもの)へと転換したその強さがキリスト教の始まりです。
私にはそんな事難しくて出来ない、そう投げ出してしまいそうだ。
日本社会は雑居社会。
よく言えば喧嘩しない、けれどもそれは私には無関心、ひいては相手の存在拒否だと思います、本当に!
共生って事はお互いの存在を認め合うことであり、ほったらかしにする事ではない。
共生の為には、異なるもの(相手)と議論を戦わして乗り越えて初めてネクストステージに行けるはず。
それを投げ出しているのが今の日本の悲しい所。
「どうしたらいいのかわからない事は、
自分がどうにもできないから目をそむけてしまう。
けれども、そこに立ち向かう強さをもて!keep working」と言ったビル・ゲイツ尊敬します。
まず、出来る事から始めよう。
私はマンションのエレベーターで一緒になったら挨拶をする。たとえ無視されてもうざがられても。
ドアは次の人が居たら開けて待つ。
そうする事によって、相手の存在を認めることになるんだよ。
人と関わらない事を美とする日本社会はおかしい!!!
多様性を受け入れる事は、自分をも受け入れてもらう事。
無視する事、無関心でいる事、関わらない事、そこからは何にも生まれない!