私の個人的信仰とはあまり関係ありませんが、




旧約聖書の世界、イスラエル宗教のお話をします。




堅い事や専門的な事を書くとますます誰も読んでくれませんが




ここでは私が書きたい事を書きたいときに書かせていただきます(笑)




人間は神の子か? NO




『人間が神の創造物であるのなら、どうして戦争など起きるのだろうか?




神はどうして戦争を起こさせているのか?』




この質問はよく耳にしますが、質問自体ナンセンスです。





イスラエルの民の言った創造者としての神とは、




混沌に秩序をもたらしてくれる、




闇に光をもたらしてくれる存在です。




新しい可能性をもたらしてくれる、




希望としての神だったんです。




歴史を支配する神とは、




大国エジプトの捕虜となっていた弱小民族の自分達を解放してくれた神なのです。




彼らにとって奇跡に等しいことだったわけです。




人間の権力に介入できる存在としての神だったのです。





つまり、




イスラエルの民にとって




「どうして神がいるのなら僕たちはエジプトの捕虜になってるのだ」、ではなく、




「神が僕達を救ってくれる、闇に光をもたらしてくれる!」、そういう希望だったわけです。




 

人は神の意思どおりのロボットではありません。

選択の自由が与えられております。




アダムとイブには食べちゃいけないと神に言われていた実がありました。




食べちゃいけないのにすぐそばに美味しそうになっているのです。




結局蛇に誘惑されイブは食べ、イブに誘惑されアダムも食べます。




その後、アダムもイブも神の足音を聞き隠れたのです。




もちろんこれはフィクションであり、




神話(創世記)の目的は、神の足音が聞こえるんだって事ではありません(笑)




食べる、食べない、その選択の自由が与えられていたのです。




しかし




食べた=神との約束を破ったわけです。




どうして食べたのか?と聞かれると




アダムはイブのせいにするのです。




神との契約を破った時に、人は人との信頼関係を失うという事です。




現代に置きかえると




モラルを守らない、人として当然のことをしない、思いやりを失った、、




だから、




人と人との信頼関係が失われたのだと解釈できるのではないかと私は思います。





世界を知ろうとするのに、人を知ろうとするのに





宗教理解は欠かせないと思っています。





宗教を学ぶ、という事は=信仰するという事ではありません。




この世界、宗教なしには語れません。




私はクリスチャンでもユダヤ教徒でもイスラム教徒でもありません。





個人的志向ではなく、




教養人として、真の国際人として生きていけるように




学生最後の大学4年間を、




自分の教養を深める為に、




世界観を広げる為に費やそうを思い進学しました。





今思うのは、私の大学はその意味で最高の環境だと思います。





集中治療室という名前の通り、




集中治療をみっちり受けられる教育機関だと思います。





ただ、




研究に勤しみたい人、その段階に進んでいる人は




東大や京大のような研究機関が良いのでしょうねにこ