わけです。
私が関心があるのは恋愛ではなくて言葉なんですよ。
言葉があるからここまで人類は発展したと思っておりますが、
言葉の力って偉大で実際言葉に依存した社会ですよ。
だけど、言葉は万能じゃないんですよ。
言葉には限界がある。
言葉を知らない世界については思考ができない。
自分の気持ちをすべて言葉に変えて表現できるわけじゃないし。
空気だって確かにあるけど、
その存在を発見した偉い人が空気って名付けるまでは誰もその存在を知らなかった。
確かに空気は存在していたのに。
色については有名な話がありますが、
色ってグラデーションでしょ~だから、言語によってどのように呼ぶかが違うんだけど、
要は呼び方が違うのが問題なわけじゃなくって、
色に名前を付けることによって、グラデーションにパーテーションをつけるわけさ。
それが文化によってちがうわけで、
一桁の文化もあれば、日本語みたく数え切れないほどの色の名前を持った言語もあるわけで、
そうすると、母語が何であるかによってその人の色の識別の仕方、見方が変わってくるんですよ。
これは、有名で言語学かじった人ならだれでも聞いた話だと思いますけどね。
で、大事なのは、言葉=名付けられたもののありのままの姿ではないってことです。
便宜上名付けて、型にはめてるだけで。
コミュニケーションとるためには、同じ言葉で同じものささなきゃいけないからね。
ってわけで言葉依存社会にいるからこそ、
言葉によって受けている制約もまた注目したいと思うわけです。
論理的ではないですが、
言葉ではなくって感じているそのフィーリングこそありのままの実態に近いと思うんですよ。
私、こういう目に見えないところに焦点あてるの好きなんです。
脳科学者さんは、それを見ようとしてらっしゃるようですが。
私、目に見えないものに真理があると思ってて、
例にあげた、気持ち(愛や悲しみ、不安)だけじゃなくってね、
悩んだときってね、最終判断は結局ね、
自分の感性というか、フィーリングを一番大切にするんですよね。
それが一番正しい気がして。
星の王子様か
ってね(笑)
言葉に依存しなければ、
言葉のないもの(まだ名付けられてないモノ)を味わえて豊かに生きれるじゃんね~
友情も愛情も、すべて目にみえないじゃんね~
確かにあるものは目に見えないんだよ。
目に見えているものはほんの表層にしかすぎなて虚像かもしれないじゃんね。
本だって、想像働かせるからより味わい深くなるんじゃんね。
限界(自分の世界のはしっこ)をどんどん広げていきたいわけどすえ~