人はどうして悲しむんだろう?
人はどうして傷つくのだろう?
一人ぼっちだって孤独に思ったり、
もう頑張れないよって、
どうしてそんなに頑張れるのって、
自分だけ疲れ切ってるように
取り残されたように思うのだろう?
誰も完璧なんかじゃないのにね。
望む場所に近づいても近づいても、いろいろあるのにね。
誰も悲しまないようにとか、
孤独になりませんようにとか、
決して叶わない理想抱いて。
ない居場所探して。
探しているその場所が、今自分が居る場所が、自分の居るべき場所なのに。
悲しい過去も楽しい過去も、
かつての自分が望んで憧れて頑張っった日々の続きとして、
今の自分がここに居て、
憧れの未来もここからしか始まらないのに。
あなたは決してひとりじゃないからね。
今日も誰一人悲しまないように、寂しくないように、って
みんなの心に平和がありますようにって祈ってる人がいるから。
その祈りはみんなを包んでいるから。
そして、私も、毎日、そう祈る人になろう。
「体調崩して休む者、心が疲れて休んでいる者、
悲しむすべての仲間の心に平和がありますように。
また、明日、元気にここに集えますように」
そう祈って一日が始まり終わった中高6年間は、とっても温かい時間だった。
キリスト教でも、イスラム教でも、ユダヤ教でも、ヒンドュー教でも、仏教でも、
いいじゃないか。
私は、教会には行かない。
私にとって祈りの時間はとってもとっても大切で、
完璧にきれいなものでなくてはいけない時間。
心の最後の拠り所だから。
だからこそ、神様が存在するんだから。
神様だけには、完璧であってほしいから。
その代わりに自分の不完全さを受け入れるのだから。忘れないのだから。
教会で嫌な思いしたくない、汚い部分に触れたくない、
だから、部屋で一人でそっと祈る。
これでいいんだよ。
きっとね。