【戦火の中へ】 | はるんのブログ

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1950年6月25日、北朝鮮の奇襲によって始まった朝鮮戦争は、

 

わずか3日でソウルが陥落。

 

国連軍の支援を受けながらも韓国軍は敗走を続け、全滅の

 

危機に瀕した8月には最後の砦、洛東江を死守するため、

 

軍司令部のある浦項に駐留する部隊にも招集がかかる。

 

そして、軍司令部が設置された浦項女子中学校の守備に

 

残されたのは、戦闘経験がほとんどない71人学徒兵

 

部隊を指揮するカン・ソクテ大尉守備隊リーダーに任命

 

したのはオ・ジャンボムという物静かな学生だった。

 

気が弱いジャンボムは、その指示に困惑しつつも、部隊を統率しようと

 

努力する。

 

だが、彼の指示に対して一部の不良学生が反発。中でも最年長

 

ガブチョは少年院送りの代わりにと学徒兵に志願したという筋金入りの

 

反逆児

 

ジャンボムとガブチョは事あるごとに衝突する。

 

ジャンボムはそんな日々の様子を故郷母親宛の手紙として

 

書き綴っていた。

 

その頃、北朝鮮の766部隊を率いるパク・ムラン少佐は、

 

“洛東江へ向かえ”という上層部の指示を無視して、学徒

 

兵たちが守る浦項へのルートを進んでいた。

 

浦項危機の情報は、洛東江で激戦を繰り広げるカン大尉の耳に届く。

 

彼は上層部に援軍派遣を求めるが、劣勢の韓国軍にとって兵を割く

 

余裕はなかった。

 

やがて、浦項に到達したムランは、守備隊が守る学校内に単身乗り

 

込んでくる。

 

捕虜から守備隊には学徒兵しかいないという情報を入手した彼は、

 

無条件降伏を迫ってきたのだ。

 

だが、2時間以内の降伏を要求してきたムランに対して、ジャンボムは

 

勇気を振り絞って、敢然とその要求を拒否する。

 

こうして、全面衝突は決定的となる。

 

そして、運命の8月11日。

 

時計が正午を指すのと同時に、壮絶な死闘の始まりを告げる

 

号砲が鳴り響いた……。