晩年の母は心が疲れ切っていった。ある日、母が泊まりに来た日のこと。リビング隣の和室に布団を用意し、おやすみの挨拶をして部屋を出ようとした時。母が、不安だから手を握ってほしい⋯と言ってきた。
えっ? 手を繋ぐの?⋯と心の中で驚いた。
手を繋ぐ、という行為は子供以来していなかったような気がする。子供の頃から優しかった母だが、現代のような、いわゆる友だち親子のような関係ではなく、母は知的で、真面目で、頼りになる存在だった。私達世代の母親像、父親像はみな同じだと思う。
その母からの弱々しい言葉がショックだった。また、今さら手を握ることが恥ずかしかった。
私は適当にごまかして、その場から逃げるように部屋を後にした。
翌朝、母はいつもと変わりなく言葉を交わし、自分の家へと帰っていった。
あれから10年近く経っただろうか⋯
私の髪も所々白くなり、いろいろなカラダの不調も出てきた。良いことも悪いことも同じくらい経験したせいか、あの頃よりはずいぶん成長したと思う。
今、あの時と同じように母が手を延してきたなら.....
今の私ならきっと、両手で握って、大丈夫だよ⋯って言ってあげれるような気がする。
でも、その母はもういない。