小学校6年生という事件はショックであったけれど、気持ちや感情を表現する手段として、もっと選択肢を与えられなかった大人として、深く考えるものがあります。加害者にも被害者にも双方にいろんな思いが重なって、そのコミュニケーションの中で経過していった時間があるのだろうと思います。私には、なにが原因であるとか、どういう状況であるとか、そういうことはわかりません。でも、どちらにも心があったことは確かなことです。
自分の心や気持ちを感じて、それをどう表現していくか、どう考えていくか、大人も子どもも日々、「学び」であるのかなと思います。悲しい気持ち、苦しい気持ち、特にそういうことには触れたくない自分がいたりするでしょう。でも、そういう気持ちになるからこそ、やさしい気持ちにもなれるのではないでしょうか。あなたのやさしい気持ちを呼び起こしてみませんか?