息子の気持ちに寄り添う余裕
アパート内の遊び場。息子の遊びたい気持ちをうまくサポートできずに情けない母。一緒に落ち葉を集めたい、一緒に遊びたい、ぼく見てなかったの。ごめんなさい。と素直に言えるような感じにしたほうがいいんやなぁと思う。わからない韓国語でも一緒にいたいと思ってる息子。きっと息子は私が思う以上に外国語がわからないから、もう嫌だ、ということはきっとまだ小さいからあんまりなくて、楽しいから、言葉わからんくても、いたい、っていうのが強いんやとおもう。その気持ち、うまくサポートできる母になりたい。ほんと、公園できつく叱りすぎた気がして今日は本当に自責の念。でもこの嫌な気持ち、忘れたらあかんと思うから。母個人的には、公園は韓国人ママたちがいるからいきたくないんだよね。行きたくないっていうほどでもないか。居心地が悪くなるっていうか。人のことをジロッとみて、会釈もないなんて。挨拶もないし。それでいいのか、それでいいと思って過ごしてる神経が怖い。チビたちと遊んでる女の子、あの笑顔のパフォーマンスは彼女の母親に向けたものに見えてしかたない。現に息子のトラックにはフル無視。声をかけても無視。変な人がいるから、知らない人には声をかけないっていうにか、鉄則なのか。こっちが謝っても、目すら合わせず、それでいて、謝罪した側に言葉はかけない。だからこっちはずっと謝らないといけない。これってすごい。性格悪すぎる。立場の悪いものには徹底的に、だから、みんな謝らなくなるにかも。あー今日は久しぶりにアンチコリアの日。色々日ごろの我慢が見る人会う人に反映されて、極端な解釈をしてるだけかもしれないけど。そう願いたい。よかったことは、久しぶりにおいしいシチューを作ったこと。皮ばっかりで味のないフランスパンがシチューに物凄くあって、息子と二人ほぼ無言でパンをちぎって、浸して、ちぎってひたして、食べたこと。