a snow scene | ©猫と春風の花慈しみ愛で。心。

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猫たちと暮らす穏やかでささやかな日常。
当たり前だけど、当たり前じゃない、
がかけがえない特別な宝物の瞬間瞬間。
一日一日大切に丁寧に重ねています。
(旧ブログ「神様がくれた宝物2007〜」より)




キッチンに立つと、その度に窓からキンと冷えた空気を感じる。


休日の今日は、いつものように、にゃんずと一緒にずっと家の中。


外の気候もよく判らないけれど、また雪が降るように寒いのだろうなと思い。


お湯を沸かす湯気が、いつになくもくもくと白いのが嬉しくて。


珈琲を入れたマグカップの湯気が、いつになく真っ白に立ちのぼるのが、また嬉しくて。

故郷の空気を感じる度にいちいち嬉しくて。

その度ごとに自分に帰る。


実際の豪雪地帯や雪国は、周りが思うより大変。

雪かきや雪おろしは重労働だし、車のエンジンがなかなか温まらなかったり。


酷い吹雪の日には前も後ろも横も、ただ果てしなく白くなり、道も見えず視界が全く閉ざされてしまう。

停車をして吹雪が止むのを待つしかない。


或いは除雪車の誘導に出会うまでただ待つしかない。

そんな不便も、雪国に暮らす者にとっては日常で。

それが雪国に暮らすという宿命。

誰もが黙して受け入れている。


それがあっても雪国で生きているのだ。


そんな故郷で育った私は、関東で雪が5センチ積もっただけで立ち往生する姿を、内心クスり笑ってしまう。


でも真夜中に一晩中、線路の除雪作業を懸命にやる人々の、姿を想っては、大変さが解るだけに、余計にありがとうございますと感謝をする。

都会で電車は生命線だから。



冷たい空気と珈琲の白い湯気をぼんやりと眺めて。


また遠く故郷の雪を想った。


染み付いたそれらの感覚さえ、私の心の財産となり。現在(いま)があり。


心が何かに触れては、その度にまた何かに繋ぐ。


温かな白い湯気さえ、郷愁の想いとなり。また。心。


ただ音もなくしんしんと降り積もる。無垢の雪の静けさを想った。


足跡-原文2016/06/05 21:49



壁紙アプリより。


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続く