春風の吹く日々

春風の吹く日々

うつ病歴3年の春風。日々、多くの幸せと苦労を感じながら生きています。
そんな毎日を「言葉」にしながら思いを綴ります。

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「寂しさや自分の頑張りを分かって欲しい」


この思いが再燃の主たる原因だと思うが、また別の角度からの見方もあるんじゃないか?

それって何だろう?落ち着いているときに考えたこと。パソコンに向かうことができるようにななってきたので、忘れっぽいので自分のためにも書き記しておく。


【病気の苦しさの感覚を忘れていたこと】


「病気があって良かった」「苦労は宝だ」とここ最近はずっと感じていた。病気になったおかげで得たものがたくさんあるからだ。

今までとは違うものの見方や考え方、感覚、そして人間が持つ力と、人が繋がることにより生まれる力。実際、病気になってから自分の活動範囲はかわり、たくさんの方との貴重な出逢いで溢れた日々である。


その一方で、あのうつ病の苦しみは二度と味わいたくないとも思っていた。

そして、今の自分なら、再燃したとしても病気を眺めることができると、変に確信?妄信?して油断していたのかもしれない。

実際に再燃(かどうかまだ分からないが…)してみると、苦しくて仕方ない。苦しさと辛さが最高潮になると「病気を眺める」ことなんてできなくなることが分かった。


いいオトナが泣きながら床を転げ回っているんだ。


そして、こんな身体になってしまった自分が悲しくなる。

この病気と一生付き合って行かなければならないこと。

今、お仕事を休ませて頂き、家事を放棄して一日引きこもっている。

社会生活や日常生活に著しい制限をうけることを覚悟しなければならない。

そんな現実を目の当たりにすると「絶望」という文字が頭を巡る。

何故なら一生この苦しみとともに生きて行かなければならないのだから。

だから「死」や「生きることの放棄」を選びたくなる。


でも、ここで気が付いた。


私はいつのまにかこの感覚を忘れてしまっていたのだ。もう大丈夫。もう元気。何が起きても生きていける。そんな妄想に支配されていたのかもしれない。


うつ病の辛さの感覚を思いだして良かった。


きっとここ最近の私は相手の人の所に「降りる」感覚もなくなっていたのだろう。

この感覚を大切にするSWが私の目標である。

相手の気持ちに降りて寄り添う感覚。こんな大切なことを思い出させてくれたのなら、今回の再燃も「順調な苦労だった」と言えるのかもしれない。


せっかく生きているのだから、苦労させてもらってるんだから、そこにある宝に気が付きたい。

渦中は闇の中で見えないかもしれないが、いつか光が射し込む。

人生で起きる様々な出来事に無意味なものなんてないんだ。そう信じて生きていく。



この度の「身体がまったく動かない状態」の考察第二弾です。

ちなみに考察のテーマは3種類あると考えています。
「お薬とのお付き合い」
「忘れていた!うつ病の基本のき」
「客観的な状況把握と認知の問題」

今回のテーマは「お薬とのお付き合い」ということで

【お薬の離脱症状って予測不可能?!】

この2週間にわたる心と身体の乱れ。
紆余曲折しながらたどり着いた結論は「減薬による離脱症状」
主力として2年近く飲み続けていた「トフラニール(抗うつ薬)150㎎」を、この半年ほどで「ゼロ」になるまで減薬しました。ちょうど2週間前に、最後の一粒25㎎を減薬。

減薬して三日後の朝にうつモード発動!
(薬剤師さん曰く「ちょうどお薬の血中濃度が下がったタイミンング」だったようです。)
それから一週間はうつうつ状態。その後一週間は身体の不調全開。
うつモードは慣れていて(←慣れてるというのも変ですが(笑))過去の研究や経験から対処のしようがあったのですが、身体の不調は未知数だったので、あたふたあたふた。

☆主な身体の不調☆
全身エネルギーの枯渇、激しい倦怠感、全身のこわばり、肩こりの急激な悪化とそれに伴う頭痛、消化不良、吐き気、吐く、胸やけ、動悸、霞目、鼻血
全身のしびれ(電気的なビリッとくる感じ、痛い、身体に振動が加わるたびに痺れる)

こんな症状がでていたので「不摂生生活のため変な病気でも発病したんじゃないのかしら?」との不安全開。
この時は仕事が忙しすぎて、帰宅時間も遅く(←認知の歪みもあり)、食事は不摂生、さらに夫の帰宅も朝方になるため妻としての務めをせねば(←ここに認知の歪みがあったりする)ということで、かなり疲れていました。
そのため「お薬の離脱症状」とは考えもしなかったのです。

そんな訳で医者めぐり。
神経外科と内科にかかってから、定期診察日だった精神科の主治医のお話を聞きに行きました。
問診とその日の検査結果から「トフラニールの減薬による離脱症状かな」とのお言葉。

この言葉に春風はものすんごく安心したのです。

得体の知れない身体の不調にずっと怯えていたのですね。信頼している主治医の一言に安堵。
「無理せずに身体に正直に休むこと」と念を押されて帰宅しました。

思い起こせば、トフラニールちゃんを減らし始めてから、不思議な身体の電気的なしびれや、ひどい吐き気に襲われた時期が度々あったなあと気がつく。
実はそのたびに、内科を受診して(この内科の診察内容に不信感がいっぱいなのですが)主治医にも報告していたのですが、今回の「離脱症状」にいきつくまではに時間がかかりました。

薬の離脱症状については、前々から勉強していたのですが、いざなってみると「身体の不調の要因」は複合的に絡みあっていて、単純には判断がつかないということを学びました。以下、この騒動による気づき。
 ・当事者自身の薬に対する学びと理解は重要!(学んで予測可能にするのだ)
 ・お世話になったお薬に別れを告げる際は、お薬さんに対しての親切丁寧なアフターフォローが必要
 ・長年一心同体だったお薬は家族も同然!だからこその離脱症状を覚悟

お薬に関しての理解はあると思っていたのですが、今回の件で改めてポイントを学ぼうと思いました。
かかりつけの薬剤師さんとのトークを大切な学びの機会ととらえよう♪


さあ、明日からまたゆるゆるがんばり~☆
2週間の時を経て、やっと体の力が戻ってきた春風です。
そんな今日も11時半までお布団の中で、夢にうなされながら寝とりました。
なんとかPCに向かえるまで回復したようです。

いや~苦しい!訳が分からなかった!お仕事を休みまくった!医者にかかりまくった!

のですが、結局のところ「お薬」と「私の認知と身体」が関係していたようです。
そんな訳でこの騒ぎを整理したいと思います。

【今回の「身体がまったく動かないぜ状態」の経緯】

①数か月ぶりのうつモード突入!
 2週間前の日曜日、宿泊先の札幌のホテルでうつモードの朝を迎えました。不安感と焦燥感で胸がいっぱい。
 あまりに久しぶりで驚きつつも、その後の予定をなんとかこなして帰宅。すぐに布団に倒れ込む~。
 翌月曜日も当然のようにうつうつ状態。お仕事をぽつぽつ休みつつ一週間経過。
 日曜日に無理やり身体を動かして雪はねをしてみたら、気持ちが上向きに。

 よし!一週間でうつモードは抜け出した!

 …と思いきや今度は

②「身体がいうことを聞きません」状態に突入!
 翌、月曜日火曜日と全力でお仕事をしたら、身体がガス欠状態に。
 水曜日には「今すぐ机に倒れ込みます」状態でお仕事。ここですでに限界。なのに、忙しい夫に代わって除雪。
 木曜日、出勤したものの、身体は動かないし、苦しいし、頭はもやもやぼんやりしていて使い物にならない。
 その他にも様々な症状がでていたためとうとう病院へ


③病院で多数科受診の結果はこちら
 脳神経外科⇒CTの結果以上無し。頭の鈍痛は、肩こりによる緊張性頭痛。
 消化器内科⇒原因不明。とりあえず胃酸を抑えるお薬処方。(←ここで春風はキレた!!!)
 精神科⇒ちょうど定期通院日。主治医に現在の状態と内科での扱いの不満を聞いてもらう。

 主治医が今回の検査結果や経緯等を総合的にみて「減薬による離脱症状」と判断。
 「とにかく身体に優しく。辛い時は仕事は休むように。無理はしない。」
 
 そんな訳で、お仕事を二日休んで現在にいたります。まだ、回復途上。
 
 今考えるに、この①~③の経緯の中に苦労ポイントがたくさんあったのですなあ~。
 苦労ポイントごとに一つ一つ研究してみます。その研究内容はまた次の記事に。


 あれま、ほんのちょっとPCをいじっただけで限界(+_+)
 仮眠をとろう。。。